2016
09.20

非拡大的区分的線形写像の周期構造に関する研究が
”Dynamical Systems” に掲載されました

研究研究紹介

非拡大的区分的線形写像の周期構造に関する研究が <BR>”Dynamical Systems” に掲載されました

研究成果の概要

北海道大学大学院理学院数学専攻の中村文彦(リーディングプログラムパイロット生)は、脳の神経細胞の「発火」現象を記述するモデルを最も単純化した力学系(研究成果中の式(⭐︎))が周期点を持つ十分条件を厳密に書き表し、その条件がFarey数列(※1)と同じ構造を持つことを証明しました。これらの結果から、神経細胞の発火現象がほとんど周期的になることや任意の周期数の発火パターンが存在する可能性が示唆されます。また、このモデルが複雑な周期構造を持つことから、細胞同士の結合係数や外部刺激、発火に対する閾値に依存したパラメータのわずかな変化で周期数が変わってしまう可能性があることも意味しています。本論文の結果は、”Dynamical Systems” に掲載され、本モデルの複雑な周期構造を理解するための第一歩として注目されています。


研究成果

本題に入る前に次のような例を考えてみます。
関数fをf(x)=2xと与えてみます。関数は何らかの数字xを別の値f(x)に変換するルールであり、例えばf(x)=2xの場合は当然、xを2倍するという意味を持ちます。このルールを使うとx=1はもちろんf(1)=2へと変換されます。次にこのルールを何回も繰り返し適応することを考えます。当然毎回2倍されることになるので、x=1から出発した数字は1→2→4→8→16→32・・・と変化していきます。「ここに現れる数列1,2,4,8,16,32,・・・の性質は?」と問われると、例えばどんどん大きくなっていくことはすぐにわかり、数学的には公比が2の等比数列であることがわかります。今度は別の関数gをg(x)=x/2と与えてみます。これは数字xを半分にするというルールですが、同じようにx=1から出発して何回もこのルールを適応してみると1,1/2,1/4,1/8,・・・という数列が現れます。この数列は公比が1/2の等比数列であり、だんだんと0に近づいていくことがわかります。
これらはとてもシンプルな例ですが、このように今の値から次の値を決めるルールである関数を与え、そのルールを何度も反復して作られる数列の性質を議論することが、離散力学系と呼ばれる数学の分野におけるひとつの研究対象となっています。

これより本題に入ります。著者が本論文で考察した関数は、a+b>1を満たす0から1までの任意の数a,bに対して次の式で定められた関数です。

中村1

この関数は「値xをa倍した後、bを加えるが、もしその結果が1を超えてしまう場合はマイナス1せよ」というルールです。このようなルールを与えると、数列の値は全て0以上1以下の数になることがわかります。以下に、いくつかの例を示します。

中村3

例①②はこのルールによって周期的に値が変化していることがわかります。この時、数学的には「関数Sが周期点を持つ」といいます。一方、例③ではここまでの計算だけでは周期的かどうかはわかりません。ここで考えたいひとつの疑問は、「どんな(a,b)を選んでも関数Sは周期点を持つだろうか」ということです。また、例①は2周期で値を繰り返し、例②では3周期で値を繰り返していますが、「関数Sが周期点を持つならば、それは何周期の周期点となるだろうか」という問題も考えられます。これらの問題の答えとその厳密な証明を与えたことが、本論文の主結果です。本結果を用いると、実際に計算を繰り返さなくても上の例③が5周期であることが容易に導かれます。
この問題の解答を与える図が、次の図です。

中村2

図:本論文で証明した周期構造:Sが周期点を持つ(a,b)の領域(周期数:2~5)

この図の葉っぱのような各領域は、Sが周期点を持つ(a,b)を周期数別に色分けしたものです。例えば、緑色の領域の中から(a,b)を選択すると、Sは4周期点を持つことになります。図では周期数が5までの領域しか描かれていませんが、6以上の周期に対しても存在することが証明できます。また2周期の領域と3周期の領域の間に5周期の領域が存在していることが図からわかります。これこそが興味深くかつ重要な数学的構造です。一般に「nとmがある関係を満たすとき、n周期領域とm周期領域の間には(n+m)周期領域が存在している」のです。これは数学的にはFarey数列と同じ構造を持っています。実際、図の各葉っぱの右端の値はFarey数列となっています。その結果、周期数が大きくなるにつれてだんだんと細くなる領域が、図の葉っぱの間を埋め尽くすように現れることとなります。この構造が意味することは「どんな(a,b)を選択してもほとんどいつでも周期点を持つこと」「どんなに大きな周期数の周期点でも存在していること」などです。

社会的意義

神経細胞は周りからの刺激を受け、ある閾値を超えると発火し、周りに刺激を与えます。ヒトの脳内では数千億を超える神経細胞が互いに影響しあい、複雑な発火活動が行なわれています。今回考察した関数(⭐︎)は南雲・佐藤(NS)モデルと呼ばれ、脳の神経細胞の活動を記述する最もシンプルなモデルとして知られています。このモデルを解析することにより、細胞の発火現象のリズムや発火パターンを記述することができるとして注目を集めています。もし神経細胞の活動パターンが解析可能となれば、人間の行動と脳の働きの関係をより詳しく議論できるようになり、生物学や医学、脳科学などの分野はもちろん、ニューラルネットワークを用いた人工知能などへの応用も期待されます。

本論文で証明した図の構造は、神経細胞の発火に関して次の事実を示唆しています。
● 高周期な発火現象となるほど、図の領域が細くなり面積が減少していくため実現されにくい。
● 領域が細くなっていき実現されにくいとはいえ、どんなに高周期な発火現象も起こる可能性がある。
● パラメータa,bを少し変化させると、点(a,b)が最初にある領域から異なる色の領域へ移ることがある。これは、わずかなノイズなどの影響で周期数や発火パターンが変化してしまう可能性があることや、実際に神経細胞の発火を観測する際には観測誤差による影響を受けやすいことを意味している。

一方で、NSモデルは単純化されたモデルのため、この関数では単一の細胞に対する発火活動しか記述できません。ヒトの脳内にある数千億個もの細胞全ての活動を記述するために、関数(⭐︎)を高次元化して解析することが今後の課題です。単一の細胞のモデルが図のような複雑な周期構造を持っていることから、高次元化したモデルにおいても似たような周期構造が存在することが予想されますが、その厳密な証明を与えることは容易ではありません。本論文の結果はそのような複雑な周期構造を理解するための第一歩となります。

論文情報

中村5

研究論文名: Periodicity of non-expanding piecewise linear maps and effects of random noises

著者: Fumihiko Nakamura

公開論文雑誌: Dynamical Systems: An International Journal, Volume 30, Issue 4, 2015

DOI番号:10.1080/14689367.2015.1073225

用語解説

1) Farey数列
自然数nに対して、nに対応するファレイ数列Fnとは、分母がn以下で、0以上1以下のすべての既約分数(約分できない分数)を小さい順から並べてできる数列である。以下にn=2,3,4,5の場合の例を示す。

中村4

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