研究成果概要
北海道大学総合化学院先端材料化学研究室の和田智志(リーディングプログラム1期生)は、磁気光学特性の1つであるファラデー効果が希土類クラスターのキラリティー(※1)に依存して変化することを見出し、研究成果をNPG Asia Materialsに筆頭著者として発表しました。この研究はキラル化学の新分野を開拓し、磁気光学材料の新しい設計指針となることが期待されます。
写真:筆頭著者の和田智志さん(リーディングプログラム1期生)
研究背景
ファラデー効果とは、磁場中の物質に直線偏光(※2)を入射した際にその偏光面が回転する磁気旋光のことをいいます。当研究室の中西貴之助教らは、これまでに9つのTb(III)イオンと16個の有機配位子(※3)からなる九核Tb(III)クラスターが大きなファラデー効果を示すことを見出しました。キラリティを有する分子は、外部から磁場を印加しなくても入射した偏光面が回転する自然旋光を示すことが知られていますが、キラリティーは磁気旋光に影響しないものであると考えられてきました。
研究成果
リーディングプログラムの和田智志をはじめとする長谷川靖哉教授らのグループのメンバーは、希土類イオンのキラル光学特性(※4)が有機分子と比較して大きいことに着目し、希土類クラスターにおけるファラデー効果とキラリティーの関係性を評価しました。具体的には、配位子にキラル部位を導入した九核Tb(III)クラスターを合成し(図1)、ファラデー効果を測定しました。その結果、鏡像異性体(※5)の関係にある2つの九核Tb(III)クラスターのファラデー効果がキラリティーに依存して異なる値を示すことが分かりました。ファラデー効果の理論式はキラリティーの関与する項が含まれていましたが、その項は有機分子においては非常に小さく、これまで無視できるものと考えられてきました。しかし、キラル光学特性が大きな希土類イオンではキラリティー関連項の値が大きくなるために、異なるファラデー効果が観測されたことが示唆されます。
本研究によって、キラリティーに依存したファラデー効果を観測することに初めて成功しました。この知見がファラデー効果発現材料の新たな設計指針になり、磁気とキラリティーが融合した新分野を切り拓く可能性を秘めていると考えています。
論文情報
研究論文名:The relationship between magneto-optical properties and molecular chirality
著者:和田智志、北川裕一、中西貴之、伏見公志、森崎泰弘、藤田晃司、小西克明、田中勝久、中條善樹、長谷川靖哉
公表雑誌:NPG Asia Materials (2016) 8, e251(2016年3月25日web公開)
DOI番号:10.1038/am.2016.17
付記
本研究は文部科学省 科学研究費 新学術領域(領域番号 2401)「元素ブロック高分子材料の創出」より助成を受けて行われました。また、本論文の執筆にあたり北海道大学物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラムの「英語論文校正支援」を受けました。
用語解説
1) キラリティー:ある図形や立体の鏡像が重ね合わせることのできない性質のことを意味します。
2) 偏光:光は電磁波であり、その波が特定の方向にのみ振動する光のことを意味します。直線偏光とは電場の振動方向が一定の偏光のことを指します。
3) 有機配位子:金属イオンと比較的弱く結合(配位)した有機分子のことを指します。
4) キラル光学特性:キラルな分子に偏光を照射したとき、分子のキラリティーに依存して吸収・発光などの光物性が変化する性質のことを意味します。
5) 鏡像異性体:原子の組成が等しく、重ね合わせることのできない鏡像体のことを指します。