1. はじめに
病魔と闘い続けるために、製薬は人類に対する永遠の課題です。従来の製薬技術では、微生物等が産生した天然化合物を医薬品として利用してきましたが、原料となる化合物の毒性など解決すべき課題がありました。このような問題を解決するために、微生物が産生した化合物に有機合成的に修飾を施し、その化合物の性質を変えることで医薬品として利用する方法があります。しかし、有機溶媒や重金属触媒等を使用する修飾プロセスでは、環境に大きな負担がかかります。近年、様々な天然化合物の生合成機構が解明されています。その情報を活用して、遺伝子工学により修飾プロセスを経ずに望ましい化合物・薬品を微生物体内で合成することが可能となり、環境負担を低減した次世代の製薬技術として注目されています。化学出身の私もこの次世代の技術に魅了されました。そこで、生物製薬技術の真髄である遺伝子工学を理解すること、自分の視野をさらに広げることを目指して、遺伝子工学が学べる応用生物化学研究室である大利研究室を志望し、約2週間にわたって大利先生と佐藤先生、B4のFさんの指導の元でラボビジットを行いました。
2. 異分野ラボビジット
酵素阻害剤は製薬やガン治療技術において重要な役割を果たしています。今回は、放線菌の産生する酵素阻害剤(現在ガンの治療薬として使用されている)に着目しました。この酵素阻害剤は低い生産性のため、現在は有機合成により供給されています。本ラボビジットでは、未だ解明されていないこの阻害剤の生合成機構を解明することを目的として研究を行いました。
はじめに、某放線菌がこの阻害剤を生産するか検証しました。一般に、微生物が産生する化合物の生産性は、培地組成の影響を受けることが知られています。そこで、種々の培地を調製し、本阻害剤生産量に対する影響を調べました。培養開始後1、2、3および6日目にサンプリングした培養液をLC/ESI-MSにて分析することで、阻害剤生産の解析を試みましたが、どの条件の培養液からも本阻害剤に相当するLC/ESI-MSのピークは検出されませんでした。今回の実験条件では阻害剤生産を確認することはできなかったため、生合成遺伝子は本培養条件では休眠状態にあること考えられました。
次に、本阻害剤の部分骨格形成には脱炭酸反応の関与が予想されることから、この放線菌が脱炭酸酵素を有するか、ポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 法にて検証を行いました。まず、既知脱炭酸酵素相同タンパク質配列情報より保存されたアミノ酸配列を見出し、その配列情報に基づき縮重プライマーを設計しました。このプライマーと、放線菌より精製したゲノムDNAを用いてPCR反応を行いました。反応温度等を変えての実験も行いましたが目的DNAの特異的な増幅は認められず、脱炭酸酵素の関与を証明することはできませんでした。これより、更なる反応条件の最適化や新たな生合成経路を予想する必要があると考えられます。
3. まとめ(習得した知識・技術)
約2週間にわたる勉強や研究生活を通して、微生物および遺伝子工学に関する基礎理論を学ぶことができました。特に目的細菌の純粋培養、無菌操作、ゲノムDNA精製、PCRなどの実験操作に関しては、教科書や講義等で学んだ知識はありましたが、これまでの研究生活では経験することがなかったため、非常に新鮮で刺激的でした。また、様々な装置(光学顕微鏡、LC/ESI-MS、DNA分光分析装置、PCR装置)を使用したことで、装置の運転原理を理解し、今後使用するための基礎を固めることができたと思います。
4. 感想
今回の異分野ラボビジットに参加することにより、微生物に関する基礎知識の勉強や実験操作を通し、いままで体験したことがない“バイオ家”の考え方を初めて味わいました。また、研究の多様性に全く新しい認識ができ、自身の視野が広がったと感じました。今後も、このような経験を生かして、様々な専門や分野の壁を越えて次世代の物質材料科学に貢献することを目指していきたいと思います。
報告:M.Z.( リーディングプログラムパイロット生)
編集:リーディングプログラム事務局