2015
06.08

Nature Communicationsに発表!
ゲルの内部に巨視的な異方構造を導入することに成功

研究研究紹介

Nature Communicationsに発表!<BR>ゲルの内部に巨視的な異方構造を導入することに成功

研究成果概要

北海道大学生命科学院 龔グループの高橋陸(リーディングプログラムパイロット生)は、剛直性高分子電解質※1を用いてゲルの内部に巨視的な異方構造を導入することに成功し、研究成果をNature Communicationsに筆頭著者として発表しました。この巨視的な異方構造は、生体軟骨中のコラーゲン線維※2(剛直性高分子電解質)の構造に類似しており、より高度な機能を有する生体材料開発の進展が期待できます。

図4

図1 軟骨類似構造を導入したゲルの概観とその内部構造

研究背景

ハイドロゲルは,そのソフトでウェットな性質により生体との親和性が高く、生体材料としての応用が期待されています。加えて、2003年に龔(グン)教授らのグループが高強度ダブルネットワークゲル(DNゲル)※3を開発したことにより、生体軟骨に匹敵する強度をもつゲルが得られたため、ゲルの生体構造材料としての応用が現実味を帯びてきました。しかし、実際の生体組織は力学強度の他にも様々な機能を持ち合わせています。例えば、生体軟骨はスムーズな関節の動きを保障する低摩擦性、大きな衝撃にも耐えられる靱性(タフネス)※4、軟骨自身と骨とを強固に結ぶ高接着性を同時に発現しています。これらの多彩な機能は、軟骨中のコラーゲン線維(剛直な高分子)が軟骨表面では横に、骨との界面では縦に配向する(並ぶ)という、巨視的(mmオーダー)な異方構造によって発現していると考えられています。しかし従来、複雑な巨視的異方構造をゲルに導入する技術はなく、ゲルに多くの機能を持たせることは困難でした。


研究成果

リーディングプログラムの高橋陸をはじめとする龔グループのメンバーらは、「浸透圧※5によってゲル内部の応力場※6を制御することで剛直高分子を巨視的に配向させる」方法を開発しました。本方法はとても簡便であり、ゲル合成時に照射する光のパターンを変えるだけで、ゲルに含まれる剛直な高分子の配向方向を、局所的に、自由自在にコントロールできます。

カチオン性モノマーとアニオン性の高分子電解質(PBDT)、架橋剤、開始剤を混合し、ゲル化溶液を得ました。次に、2枚のガラス板とシリコーンスペーサーで構成された合成セルにゲル化溶液を注入し、ガラス板の表面にデザインされた光マスクを貼り付けました。その後、合成セルに紫外線を照射し、ラジカル重合によってPBDT含有カチオン性電解質ゲル(PBDTゲル)を得ました。合成したPBDTゲルは、マスキングのパターンに応じた高分子密度差が導入されています。このようにして合成したPBDTゲルを純水中で膨潤※7させると、浸透圧の差で空間的に膨潤の挙動が異なることが確認されました(図2)。

キャプション1

図2 ゲル合成時の光照射パターンニング法とゲル膨潤時に生じるミスマッチの概念図

マスキングをした部位はマスキングしなかった部位より大きく膨潤するため、膨潤のミスマッチが生じます。これに伴って、両部位の界面で大きな内部応力場が誘起され、これに応じて剛直性高分子であるPBDTが配向していきます。さらに、ゲルのネットワークに存在しているカチオン性の官能基※8とPBDT分子中に存在しているアニオン性の官能基がイオン結合を形成することにより、一度形成されたPBDTの配向構造は保存されることが確認されています。この原理を用い、マスキングの模様をデザインすることで様々な巨視的な秩序構造をゲルに導入することができました(図3)。例えば、ストライプ状のマスキングを用いてゲルを作成すると、マスキング部位はマスキング軸と平行方向に圧縮され、マスキングしていない部位は同方向に伸長されます。その結果、軟骨中のコラーゲン線維のようにPBDT分子が互いに垂直に並ぶという極めてユニークな構造を導入することができました。導入された配向構造は安定で、ゲルをダブルネットワーク化しても構造が保たれていることを確認されました。

キャプション

図3 偏光顕微鏡を用いたゲル内部秩序構造の観察

本方法によって、一般的には無秩序な構造を有するハイドロゲル内部に、剛直な高分子をデザインした通りに配向させることが初めて可能となり、その一例として軟骨中のコラーゲン線維を模倣した構造をゲル中に導入することに成功しました。今後、様々な生体組織の構造をヒントに多彩な構造を持つゲルを創製することで、新たな材料イノベーションが期待されます。また、本研究を通じて、「生体の秩序構造形成メカニズムの解明」という学理的に重要なテーマにも迫ることが期待されます。


論文情報
高橋プレスリリース2

研究論文名:Control superstructure of rigid polyelectrolytes in oppositely charged hydrogels via programmed internal stress(制御された内部応力による反対電荷を有するハイドロゲル中における剛直性高分子電解質の超構造形成)

著者:高橋陸、 Wu Zi Liang、 Md. Arifuzzaman、 野々山貴行、 中島祐、 黒川孝幸、 龔剣萍(北海道大学大学院先端生命科学研究院)

公表雑誌:Nature Communications 5, Article number: 4490 (2014年8月8日公開)

DOI番号: 10.1038/ncomms5490


付記

本研究は、日本学術振興会による科学研究費助成事業、基盤研究(S)(課題番号:124225006)より助成を受け行われました。


用語解説

1) 剛直性高分子電解質:高分子鎖中にイオンを解離するサイトを有しており、水中で解離して高分子 イオンとなるものを指します。

2) コラーゲン線維:体を支え、強度を持たせるための結合組織の重要な構成成分です。コラーゲンには様々な種類が存在し、軟骨に多いのはⅡ型コラーゲンです。コラーゲンは通常3本が緩く右巻きに合わさった螺旋構造をとっており、長さ約300 nm、太さ約1.5 nmのひも状態になっています。この線維性コラーゲン分子が少しずつずれて集まり、繊維を作ったものをコラーゲン線維と呼びます。

3) ダブルネットワークゲル:通常ゲルは1種類の高分子ネットワーク内に、多量の溶媒を保持する形で存在しています。対してダブルネットワークゲル(DNゲル)は、性質の異なる2種類のネットワーク(硬くて脆い網目と柔らかく良く伸びる網目)と溶媒から構成されています。この2種類のネットワークが互に助け合うことで亀裂の進行を抑えるため、DNゲルは非常に高い強度を誇ります。

4) 靱性:物質の破壊に対する感受性や抵抗を意味します。材料の粘り強さと言い換えることもできます。

5) 浸透圧:溶液中で溶媒が高濃度側から低濃度側に浸透していく力を指します。今回の系では、ゲル内の局所的な高分子濃度差が浸透圧差を生み出し、局所的な膨潤挙動の変化につながっています。

6) 応力場:どのような力が加わっているかを示す言葉であり、今回の系では引張応力場や圧縮応力場などがあります。例えば、ゲルの様な連続体が引っ張られることで引張応力場が発生し、ゲルを構成する高分子鎖が応力場方向に伸ばされます。その結果、高分子鎖と物理的あるいは静電気的に相互作用しているPBDT分子も同様に応力場方向に並ぶため、様々な配向構造をゲルに導入することができます。

7) 膨潤:ゲルを液体中に浸すとき、ゲルが液体を吸収して膨張する現象。液体がゲルの網目構造の隙間に侵入することで起きます。

8) 官能基:有機化合物の性質を特徴づける、特定の原子の集まりを指す。官能基が存在することで、塩基性を示す、酸性を示す、光を吸収するといった様々な性質が物質に現れます。今回は正の電荷を有するカチオン性と、負の電荷を有するアニオン性の官能基を使用しました。

 

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