Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」について話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。12回目は山下浩幸さん(ダイキン工業株式会社)をお迎えしました。
ダイキン工業株式会社:https://www.daikin.co.jp/
1924年に大阪で創業以来、空調事業を中心に世界160カ国以上で事業展開するグローバル企業。社会や地域が抱える課題の解決と事業の成長の両立で人々の健康と快適な生活を支え、空気と環境の新しい価値を創造する。「人を基軸に置く経営」を企業文化とし、人材育成にも力を注ぐ。
空調機と冷媒を作る世界屈指の空調機メーカー
ダイキン工業株式会社人事本部採用グループ長の山下です。私は北大の工学研究科応用物理学専攻の修士課程を経て、1985年にダイキン工業に入社しました。当社は空調機の会社ですので空調機の熱交換器の研究に従事し、北大とも共同研究をしたことがあります。1999年から2年間は米国メリーランド大学に交換研究員として駐在しました。MITやメリーランド大学など複数の大学や空調コンソーシアムに参画し、帰国後は研究専門のグループ会社を経て2009年から人事本部で採用担当をしています。
ダイキン工業は、創業時からの名称である大阪金属工業の「大」と「金」をとってダイキンです。本社は大阪にあり、グループ会社315社のうち、285社が海外にあるグローバルな会社です。
事業内容は事業の90%を占めている空調と、空調に使うフッ素の分野に関する化学事業です。1924年の創業時は飛行機のエンジンを冷却するラジエーターチューブの製造から始まり、その後日本初のフロン式冷凍機「ミフジレーター」やパッケージエアコンの開発、ルームエアコン、ビル用マルチエアコン…と、空調技術と省エネ技術を発展させて、2011年3月より空調事業グローバルNo.1を自負しております。
私の思い入れも含めて、当社のユニークさをご紹介します。
- 空調機本体だけでなく冷媒も作っている空調機メーカーは世界の中でもダイキン以外聞いたことがない。
- 環境課題そのものが自社の経営課題に直結しているため、環境に非常に関心が高い。
- 人を基軸に置く経営で売上を伸ばしてきた。従業員全員がイノベーター。
- 中国の空調メーカーにインバータ技術を供与、冷媒特許を開放するなど、知的財産戦略でも独自の路線を歩んでいる。
- 研究所を社会から隔離された“象牙の塔”にしないため、2015年にオープンイノベーションを掲げるテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)を摂津市に設立。
- 「研究者」という呼称を「技術者」に変えて意識改革をはかる。 など
これらについて、もう少し詳しくお話ししてまいります。
空気価値の創造を目指す「FUSION25」
当社の業績はほぼ右肩上がりです。リーマンショックと近年のコロナ禍で一時的な落ち込みもありましたが、2021年度にはコロナ前の業績を上回り、V字回復しています。2025年を目標年度とする戦略経営計画「FUSION25」では、下記の9つのテーマを掲げています。
この中で特に重点を置いているのが、1)カーボンニュートラルへの挑戦、 2)顧客とつながるソリューション事業の推進、 3)空気価値の創造の3領域です。
「空気価値の創造」とは、コロナ以前から取り組んできた花粉症やSARSなどの対策を含め、空調データとバイタルデータを蓄積・分析し、心身の健康にまつわる空気・空間の価値を創造する試みです。それには高い知識や研究技術を持つ各大学との共同研究が必須になり、東京大学や京都大学、大阪大学、鳥取大学などの産学連携が進んでいます。
TICを軸に世界5極で商品開発を展開
2015年に大阪・摂津市に設立したテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)は、当社にとって商品開発のコントロールタワーです。800人近くの技術者が集まっています。
このTICを日本の拠点とし、さらに中国、アジア、インド、北米、欧州の世界5極で、その地域に合わせた商品開発、技術開発を迅速に実行することを目標としています。なかでも北米は空調技術の最大市場であり、強化地域として力を入れています。
空調事業以外の化学事業でも半導体、自動車、情報通信、情報端末の重点4市場を見据え、既存商品の拡販や新商品の開発を行っています。また空調で使うフッ素は高額であるため、時にはコスト面で障壁になりうることを踏まえ、非フッ素素材との複合・融合など技術獲得強化しています。
独創から協創イノベーションへ
当社に限らず、企業の研究開発部門となると研究から開発、製造を繋ぐ商品開発が求められます。社員一人ひとりがイノベーターである当社では“開発手戻り”をなくすため、技術開発から事業化までを見据えた開発が重要になります。
事業化までにはいくつものステージゲートが存在します。ステージが変わるたびに評価され、環境に配慮し、法規や当社の経営戦略に則り、横展開が可能な拡がりを持つ「筋」のいいテーマに絞り込まれていきます。
こうした技術開発を可能にするには、個人の力のみに頼る「独創」ではなく「協創イノベーション」のための人材育成が必要不可欠です。目指す人物像を1分野に特化した「I型人材」から、1専門分野と横を見通す広い視野を持てる「T型人材」へ、さらに2つの専門分野を持つT型人材の「Π型人材」へシフトしようとしています。
また、当社は2017年12月から社内講座「ダイキン情報技術大学」をスタートし、DX人材の育成に力を注いでいます。AI・データ分析技術は今後、当社グループのあらゆる部門で必要とされ、それを推進する人材の強化・育成は喫緊の課題になっています。総じて多様性溢れる社員の力でイノベーションを進めていきたいと考えています。
ダイキンの博士人材採用
当社が求める人材像をこちら(下記画像)にまとめました。
現在、当社では博士課程修了者を学士・修士の皆さんと一緒に選考させてもらっています。現在、博士号をもつ社員は約80名。機械・物理系、電気・電子・情報系、化学系、バイオ系の人材が活躍しています。空調事業が9割を占めている当社の現状を考えると、機械・電子系の博士人材は少なく、今後手厚くしたいところです。同時に異分野の方々を積極的に採用することでイノベーションにつなげ、皆さんに研究のプロへと成長して事業へ貢献してもらいたいと願っております。
コミュニケーションタイム
「その先」を考える姿勢を習慣に
Q:先ほど「事業化を見据えた研究開発が求められる」というお話がありましたが、日頃どういうことを意識したらいいでしょうか?
山下:とてもいい質問、ありがとうございます。企業の研究では製品化、事業化というゴールが明快ですが、大学の真理探究型研究では何をもってゴールとするかが難しいですよね。やはり、そこはご自身で意識的に考えていく必要があるのではないかと感じています。今ある社会課題や環境課題の中で自分ならどこに一番関心を持つか、そしてそれが事業化できた時に次はどんな分野に応用できるのか。常に「その先」を考えながら研究していけば、目標とするものが見えてくるのではないでしょうか。
短時間で本質にたどりつく博士人材
Q:学士・修士と等しく選考される時に、博士であることはどう評価されますか?
山下:現在、当社の博士人材はTICや各開発部門で活躍してもらっていますが、博士人材に期待することは課題設定や指導力を含めたイノベーションを起こしてくれること。同じ採用枠の中でも博士人材には学部卒とは異なる役割を提示し、適材適所に努めています。
Q:グローバル展開の中で、博士を持っていることは有利になりますか。
山下:おっしゃる通り、Ph.Dは国際ライセンスです。これは私の体験ですが、アメリカに駐在した時、修士卒の私が名刺を渡すと先方の研究者にディスカッションの相手として認めてもらえない空気を感じたこともありました。また、博士人材同士ですと短時間で課題の本質にたどりつき、合意に至りやすいという印象も持っています。皆さんも博士人材であることに胸を張ってアピールしてほしいと思います。
「協創」を支えるダイバーシティ
Q:多様性ある人材を求める背景について、もう少し詳しく教えてください。
山下:先ほど、戦略経営計画「FUSION25」で重点戦略の1つに「顧客とつながるソリューション事業の推進」があるとお話ししました。このソリューション事業を推し進めていくといつか必ず、技術もアイデアも自分の持っているものだけでは解決できない壁に突き当たります。そういう時に、例えば知的財産についての専門知識や経営学の知識、さまざまな分野の知識を持ち寄って「協創」していけば、一人では乗り越えられない壁の向こう側へと前進できる。そうした多様性が持つ力を今後一層強化していきたいと考えています。
Q:留学生の採用は積極的にされていますか?
山下:まさに今お話ししたダイバーシティに該当します。海外を含めた当社グループ8万5000人のうち、日本人は約1万人です。日本国内を見ますと、日本人の国際感覚はまだまだ発展途上にあると感じることもあり、違う言語や文化、ビジネス感覚を持つ留学生の皆さんの活躍に大いに期待しています。
開 催:2022年3月3日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム