「正しさ」を疑う、小説家の視点
冒頭、真山さんが参加者に求めたのは、先入観や常識、さらには自分が信じる「正しさ」をいったん外してみることでした。「なぜこの人はこんなことを言うのか。なぜ自分はそれに反発し、違和感を持つのか」。その両方を考えながら聞いてほしいと呼びかけました。真山さんにとって、小説は読者が自分とは異なる人生や価値観を追体験する装置です。徹底した取材をもとに現実を描きながら、実際とは異なる分岐を物語に置くことで「別の選択もあり得たのではないか」と読者の常識を揺さぶります。複数の人物に視点を置くのも、同じ出来事が立場によってまったく違って見えることを示すためです。

そこで必要になるのが、現場を細部まで見る「虫の目」と、社会全体を見渡す「鳥の目」です。自らの経験や目の前の事実は大切ですが、それだけを絶対視すると、背景にある構造や、別の立場から見える現実を見落としかねません。半導体について考える際にも、技術の性能や企業の動向だけではなく、国家、安全保障、エネルギー、人々の暮らしまで視野を広げる必要があると語りました。
『チップス』が描く、半導体と国家のせめぎ合い
2026年2月に刊行された『チップス ハゲタカ6』は、微細な半導体製造で世界的な技術を誇る台湾企業をめぐり、米国、中国、そして半導体産業の復活を目指す日本の思惑が交錯する物語です。真山さんが半導体に関心を持つきっかけとなったのは、太田教授の著書『2030 半導体の地政学—戦略物資を支配するのは誰か』を読み、日本がすでに世界の先端競争で中心的な存在ではないという現実を突きつけられたことでした。

かつて日本は半導体の世界市場を席巻しました。しかし、産業構造の変化や事業再編のなかで製造基盤と人材を失い、その間に台湾のTSMCは、最先端品を高い歩留まりで量産する圧倒的な競争力を築きました。半導体はAIや自動車、医療、エネルギーを支えるだけでなく、経済安全保障や軍事にも直結します。『チップス』では、企業一社の技術や工場が国際政治の均衡さえ左右する緊張状態を企業買収という物語を通じて描いています。
真山さんは、日本が再び巨額の国家資金を投じれば、かつての栄光を取り戻せるという単純な話ではないと強調しました。「なぜ日本の半導体産業は弱くなったのか」「失われた研究基盤や人材をどうするのか」を検証せずに、“復活”だけを掲げることへの警鐘です。
半導体を増やすことは、社会を幸せにするのか
話題は、半導体が生む便益だけでなく、その代償にも及びました。AIやスーパーコンピューターの高度化には大量の半導体と電力が必要で、発熱を抑える冷却にも大きなエネルギーを使います。脱炭素を目指す一方で、AIのために電力消費を増やし続ける社会は持続可能なのか。既存の半導体をさらに微細化する以外に、光電融合技術や光量子コンピューターなど、異なる原理による選択肢をもっと探れないのか。真山さんは、技術の進歩を否定するのではなく、「何をつくるか」の前に「その技術で、どんな社会をつくりたいのか」を問う必要があると訴えました。

求められるのは、研究室で生まれた技術と、社会の課題、資金、人材をつなぐ「プロデューサー」です。研究者だけに社会実装まで背負わせるのではなく、技術の可能性を見いだし、異分野の人を集め、社会に届く形へ翻訳する人が必要です。理系と文系を分けるのではなく、双方の知識や言葉をつなぐ人材こそ、日本が新しい競争のルールをつくる鍵になると述べました。
鼎談:北大が育てたい「半導体人材」とは
続く鼎談で、太田教授は「半導体は技術そのものだけでなく、日本社会と世界を考えるための材料でもある」と議論を広げました。次世代半導体の国産化を目指すラピダス(Rapidus)が北海道に進出し、巨額の投資と大きな期待が集まる今だからこそ、成功を前提に熱狂するのでも、困難だと切り捨てるのでもなく、可能性とリスクの双方を直視する必要があります。

石森教授は、IFERSが掲げるのは「人の温かみのある半導体」と、ウェルビーイングを目指す研究・教育だと説明しました。つくるべきものを先に決めるのではなく、まず実現したい社会を描き、その社会に貢献する技術と人材を育てる。半導体人材とは、特定の専門を持つ技術者だけではありません。世界情勢や地域経済、倫理、人間と技術の関係を理解し、それぞれの専門から半導体の未来に関わる人は、文系・理系を問わず「半導体人材」になり得ると語りました。

また、半導体は量産して初めて産業になるため、大学は企業や政府、自治体と近い距離で対話する必要があります。一方で、アカデミアが特定の政策や企業に振り回されてはならない。その緊張関係を保ちながら、技術が地域の経済や暮らしに及ぼす影響まで研究することが大学の役割だとしました。
勝ち筋のないフロンティアへ
鼎談では、ラピダスの挑戦をめぐり、「情熱」と「冷静な分析」をどう両立するかも論点になりました。かつて世界一を経験した技術者たちの熱量には、人を動かし、次世代へ力を渡す価値があります。しかし、最先端品をつくれば必ず売れるわけではなく、需要や競争環境も見極めなければなりません。では、日本の「勝ち筋」はどこにあるのか。真山さんは、「勝ち筋が見えているところにフロンティアはない」と答えました。すでに激しい競争が続く市場で追いつくことだけを目指すのではなく、既存の前提を疑い、別のルールや新しい領域をつくること。その入口になるのは、専門家には荒唐無稽に見える「なぜできないのか」「別の方法はないのか」という素人の問いです。

石森教授は、フロンティアを拓く人に必要な力として、常識を疑うこと、異なる視点を受け入れること、全体を捉える俯瞰力の三つを挙げました。真山さんも、自由な発言を受け入れる場と、人の話を聞く姿勢が不可欠だと応じました。アイデアは口に出し、異なる意見にぶつけて初めて磨かれます。大学には、専門を深めるだけでなく「あり得ない」と思われる問いを安心して投げられる場をつくる役割があります。
学生の問いが、議論をさらに深める
会場の学生からは、率直な質問が相次ぎました。「突出した人や新しい分野への集中投資と、日本社会が大切にしてきた公平さは両立できるのか」という問いに、真山さんは、独創的な一人だけで革新が生まれるわけではないと答えました。その人を見いだし、支え、組織を巻き込む人々がいて初めて挑戦は形になります。全員を同じ土俵に上げることを平等と捉えるのではなく、一人ひとりが異なる幸せや挑戦を選べる自由を広げ、そこからこぼれ落ちる人を社会が支える仕組みが必要だとも語りました。

別の学生は、TSMCも永遠に首位とは限らないこと、研究の原動力は社会的有用性よりも純粋な知的好奇心ではないかと指摘しました。真山さんは、研究者が用途まで一人で考える必要はなく、研究の価値を見つけて社会とつなぐ人との分業が重要だと回答。石森教授も、知的好奇心から始まる研究を尊重しつつ、その成果が将来どのように人間や社会へ影響する可能性があるかを知ろうとする姿勢を持ってほしいと述べました。

さらに、「国は先端技術をどう支援すべきか」「米や水、電気のように、失って初めて重要性に気づく基盤を見落としていないか」という質問も出ました。真山さんは、国が支援する際には、自力で挑戦させる仕組みと、投じた税金に対する責任の明確化が必要だと指摘。半導体も、すでに電力や通信などと並ぶ社会基盤の一部であるからこそ、国への依存を当然視せず、他の重要な基盤とのバランスを考えるべきだと答えました。
未来を予測するより、未来に応答できる人を
閉会にあたり、網塚浩理事・副学長は、未来を正確に予測することは難しくても、変化に対応し、自ら未来をつくる柔軟な人材を育てることは大学の変わらない使命だと述べました。

半導体に希望があるか。その答えは、半導体そのものの中だけにあるのではありません。技術を誰のために、どのような社会のために使うのか。既存の成功を追うのか、それとも新しい問いを立てルールをつくるのか。真山さんの話題提供と、登壇者・学生による対話は、期待と不安の間で揺れる「半導体の現在」を、自分自身の問題として考える時間になりました。
主催:北海道大学 半導体フロンティア教育研究機構(IFERS)
共催:工学研究院/理学研究院/教育イノベーション機構/Ph.Discover
レポート:Ph.Discover
写真:中村健太(有限会社PRAG)
