Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」について話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。17回目は釘宮敏洋さん、倉 千晴さん(株式会社神戸製鋼所)をお迎えしました。
株式会社神戸製鋼所:
1905年、鈴木商店が重工業分野に進出し神戸製鋼所を創立。以降、国や社会の要請に応えながら日本屈指の重工業メーカーとして業界を牽引。1979年には神戸製鋼グループの統一ブランド「KOBELCO」を制定。素材系事業・機械系事業・電力事業と多様な事業を展開する。
私は神戸製鋼所の釘宮敏洋と言います。1993年に神戸製鋼所に入社し、2009年まで研究開発の業務を行ってきました。その後、2010年からはマネジメント、いわゆる研究室室長や研究所所長など、ライン長系の仕事を担当してきました。
1993年ごろは日本の半導体産業の競争力は非常に高く、私も半導体の研究がしたくて神戸製鋼所に入社しました。ところがその後、徐々に日本の競争力は失われ、90年代後半には私が所属していた電子技術研究所では、半導体の研究開発を止めることになりました。私自身これからどうしたらいいのだろうと悩みましたが、その後、液晶ディスプレイの電子材料開発に関わる仕事に携わることができた思い出があります。まさにキャリアを設計する難しさに私自身直面してきました。
一方、マネジメント業務は2010年から10年以上にわたって室長や所長を担当してきました。2021年からは企画管理部に異動し、半導体に関わる新事業を含め、新規事業創出の企画・統括を担当しています。
民間企業での博士人材の活躍
博士課程への進学はアカデミアコースと捉えている学生も多いようですが、私は、企業においても、博士人材は非常に貴重で、十分活躍できる場があると思います。
皆さんが入社してから研究員として歩むキャリアを、代表的な3段階で書きました。
①まず、管理職であるマネージャーやベテラン研究員は、方針や目標を設定する、どこに向かうかを決める必要があります。何を研究開発すべきかを設定する重要なミッションです。
②ありたい姿が決まったら、現状とのギャップを認識して、今度はこのギャップを埋めるために何をすべきか、という課題を自ら設定します。これは中堅の研究員や、博士課程卒の皆さんであれば、できるかと思います。
③そして、与えられた課題を解決します。入社5年ぐらいまでの研究員がめざす姿かと思います。
博士の方は、高い専門性と合わせて、課題設定する力も身につけていると思いますので、「自ら課題を設定する」という②のあたりから活躍してくれるのではないかと期待しています。
Ph.D.をお持ちの方は、名刺にPh.D.と印刷されています。(海外では)打ち合わせで技術者が名刺交換すると、必ずPh.D.の方に質問が飛んできます。会社で役職に就いていても、Ph.D.がないと、技術の話を振られることはほとんどありません。
私がいるKOBELCOコーポレートラボと呼ばれる研究所のエントランスには、博士号を持っている人の名前が飾られています。博士人材は100名ほどいて、みんなでリスペクトしあって研究開発を進めています。この100人の中には、博士号を大学で取った人もいれば、私のように企業にいながら取得した人もいます。
先輩からのコメント
倉千晴さん 2017年3月、北海道大学大学院総合化学院修了。物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム修了。2018年度、株式会社神戸製鋼所入社。現在、応用物理研究所在籍。博士(工学)。 |
応用物理研究所にいる倉と申します。2023年4月から入社6年目となります。博士課程時代の専門は、電気化学、固体イオニクス、無機化学です。装置を使って自分で手を動かす実験がメインで、DFT計算と呼ばれる計算科学も少し実施していました。
入社1年目に、材料系のテーマを担当することとなりました。もともと化学が専門とはいえ、研究していた内容とは異なる力学系のテーマだったので、最初は基礎知識すらなく、進め方に迷うこともありました。ですが、社内の材料講義や社外セミナーで知識を習得し、先輩たちと一緒に、教えてもらいながら実験を進めました。2年目からは材料系と機械系の4つのテーマを担当し、やってみないかと誘いを受けて、計算科学を活用した研究を行いました。
入社3年目に転機があり、NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)に駐在して、もう少し計算スキルをブラッシュアップしてみないかという話をもらい、2022年10月までつくばにあるNIMSで研究してきました。NIMSの方に指導いただいたことで計算スキルに磨きがかかり、計算と実験の両方を活用して研究に取り組むことによって、最終的には学会発表と論文投稿に結びつくなど、非常に貴重な経験となりました。
こうしてみると、大学時代とは、専門も研究内容も全く変わっています。ですが、仮説を立て、実験し、考察するという研究のサイクルは、全く変わりませんでした。テーマが変わることによって、自分の専門を生かせなくて困るというよりは、新しい知識を習得しながら研究し、成果に結びつけることにやりがいを感じています。
私も博士後期課程に進学する前は、学位取得後の進路に不安がありました。研究は面白かったので続けたかったのですが、博士に就職先があるのかどうかが分からなく、インターネット上での博士の就職に対する見解を調べ、不安になっていました。
けれども進学後、Ambitiousリーダー育成プログラムで、博士に対して期待している企業がたくさんあること、お子さんを育てながら学位を取って働いている女性研究者がいらっしゃることを知って、意外と企業で活躍している博士は多いということに気づきました。私も昔は、博士課程=アカデミックだと思っていましたが、民間企業でも活躍できる場所はたくさんあります。みなさんにも是非そういった場所を探してほしいです。
キャリア形成(ダブルラダー):釘宮さんより
キャリア形成について、博士人材は②「ギャップを埋める課題を設定できるか?」だという話をしました。この2つ目のステップの先には、もう1つ、専門系をそのまま続けるという道も当然あります。
そういった人材を、専門職人材と呼んでいます。研究首席、専門部長、上席研究員などの役職があり、専門的知見からさまざまな意思決定に参画し、ライン長を補助するという役割があります。研究開発にはマネジメント人材と専門職人材の両方が必要とされています。
未来洞察
私が今、新規事業の立ち上げを企画しているように、研究所自体もさまざまな新規事業創出や、未来を見据えながら何を研究すべきか、といったことを決めなくてはならない時代に入ったと思っています。
先ほどのマネジメント人材や専門職人材は、今までは外に出て市場やお客様、関係事業部と話をすることで、研究開発の目標を設定することができました。ところが、未来の不確実性が高まるにつれ、目標が近視的になってしまう課題に直面しています。
そこで、社会やお客様の変化の仮説を立て、ありたい神戸製鋼所像を重ね合わせることによって、何を研究すべきかが見えてくるのではと考えています。見えてくれば、事業の魅力度や技術で勝てるのかどうか、実現性、リソースはどうかという話になります。
こういう未来洞察に関しては、先ほど言ったマネジメント人材と専門職人材のどちらかではなく、第3の人材ともいうべき、創発系人材が必要になるのではないかと思います。
いきなり新規事業創出に興味のある人であるとか、経験や専門知識がある人ではなく、人を巻き込む力や熱意、面白いことをやりたいという方を採用し、前述の3ステップの段階を経ることなく、そういったことに携わってもらうのも良いかなと思っています。
働き方、職場環境
この5年ぐらい神戸製鋼所は、リモートワークのような働き方や、社内で人がどこでも議論するための場所づくりなど、環境整備をしてきました。また、例えば女性の出産や、男女ともに子育てや育休などに対して、さまざまな支援制度があります。さらには、新入社員に先輩がついてキャリアの悩みなどを相談できるようにするメンター制度など、活躍を支援するたくさんの制度があります。その結果、厚生労働大臣から「子育てサポート企業」という認定を受けるなどしていて、神戸製鋼所は働き方改革のトップランナーだと自負しております。
コミュニケーションタイム
Q 博士課程在学時と企業入社後では研究内容がかなり違うというお話でしたが、そのギャップを埋めるのはどれくらい大変でしたか?
A(倉さん)
入社後、学部の教科書レベルから分からなかったので、教科書を借りたり、社内で開かれた材料の講義を受けたりして、基礎的な内容を学びました。また、先輩や後輩から教わったりアドバイスをもらったりと、周りからの助けもあって研究を進めていけたのだと考えています。
Q 入社してから学んだことで、先輩と同じレベルに追いつくまでどれくらいかかりましたか?
A(倉さん)
例えば計算スキル自体は在学時に経験がありましたが、入社2年目で新しい計算をするとなってから専門の方に教わり、ある程度できるようになるまで、3年くらいかかったと思います。
A(釘宮さん)
神戸製鋼所は材料、機械、電力と事業領域が非常に幅広いので、入社してからも、業務内容に応じて、専門を変える必要性が出てきます。博士課程において、皆さんは知識を習得する過程を学んでいるはずなので、仮に専門を変えるとしてもスムーズに移行できると思います。
Q 私は生物化学を専攻しています。かなり半導体分野と離れた分野だと思うのですが、こういった人材の需要はありますか?
A(釘宮さん)
あります。グループ会社の中に、神鋼環境ソリューションという水処理システムや廃棄物処理システムなどを扱う会社があり、そこでは生物系の知識も必要とされています。
Q 学生結婚している就活生について、どのような印象がありますか?
A(釘宮さん)
採用の際、まったくバイアスはありません。そういう方も少なくなく、入社後、すぐに社宅に入れられる方もいます。区別されることはありません。
Q 博士号を取った後にアカデミアに残るのか企業に行くのかをまだ決めかねています。倉さんが企業への就職を決めたきっかけ、神戸製鋼所に決めたきっかけを教えてください。
A(倉さん)
修士2年の段階ではまだ決めかねていました。そもそも博士卒で企業に入った先輩が1、2人しかおらず、実際の就職についてイメージがわきませんでした。ただ、国内のインターンシップで、博士号を持ちお子さんを育てながら活躍している女性研究員にお会いし、カッコいいなと思ったことから「企業への就職もありだな」と考え始めました。その後、企業セミナーなどに参加し、博士の活躍の場があるという話を聞くうちに、博士1、2年のころには、企業の方が良いかなと少しずつ気持ちが定まっていきました。
神戸製鋼所の方とは、就職支援をしていた北大人材育成本部(当時)に、自分の研究ポスターを持って初めて行った際、お話しする機会がありました。他の企業からも話を聞いたのですが、神戸製鋼所のさまざまな先輩方の話す雰囲気がよく、職務内容にも少し興味があったことが、神戸製鋼所に決めた理由の1つです。
就活時は、博士は専門性と直結しているというイメージから、自分の専門性を活かすならエネルギー系の会社がよいのではという固定観念がありました。ところが、私の指導教員の教授から、「今までやってきたことしかできないのは研究者としてもったいない。もっと視野を広げた方が必ず強くなれる」とアドバイスをもらいました。神戸製鋼所がさまざまな分野に取組んでいて、教授のアドバイスと合致したというのも、神戸製鋼所に決めたもう1つの理由です。
Q 女性は将来結婚して子供も欲しいとなると、博士課程に行ったときの自分の年齢がネックになると思います。ライフプランやキャリアはどう考えましたか?
A(倉さん)
同期の女性と適齢期の話をしたことはありますが、人生に一度きりだから自分の興味を突き進みたいと思って博士課程に行ったので、実はそんなに深くは考えていませんでした。ただ、後輩の女性で、修士卒で就職したもののやっぱり研究したいということで社会人ドクターになった方もいますので、そこは柔軟に考えても良いのかもしれません。
A(釘宮さん)
65歳定年からみれば、例えば、お子さんを産んで1年育休を取って、さらに2人目3人目を産んでまた育休を取ったとしても、こうしたライフイベントは十分挽回できるものです。人生を長くとらえてキャリアを設計していくと考えていただけたらと思います。
神戸製鋼所では、男性社員も育児休暇を長い場合は半年から1年という期間で取得され休んでいます。そのあたりは男女等しい状態になってきました。
Q アカデミアでは仕事の成果は個人に帰属するので、出産育児で休めば、その分キャリアが遅れます。民間企業であれば、自分の研究成果は会社のものなので、出産育児で現場を離れていても、その後復帰すれば現場にコミットできるかと想像しています。いかがですか?
A(釘宮さん)
神戸製鋼所には、例えば産休育休を取っても、元の部署に必ず戻れるという制度があります。また、休んでいるときも、会社との関係が完全に切れてしまわないように、マネーシャーからの配慮もあります。我々は組織で動いているので、組織全体として支援、対応していきます。
Q パートナーのいる大学院生が就職したとき、そのパートナーの就職を支援する制度のようなものはありますか?
A(釘宮さん)
具体的な制度は思いつきませんが、そういうことも相談されると良いです。募集する人材の職種は広いので、どんどん人事の方などに相談されたらいいと思います。
Q 産休や育休を取るとしても、例えば入社してから何年くらい働いてからの方がよい、などという制約はありますか? 入社1年目でそのようなライフイベントがあると、スタートダッシュで出遅れてしまうと思うのですが。
A(釘宮さん)
ワークライフバランスというのは、会社での働き方と個人のパーソナルな領域を両立させることだと思います。会社を優先して、パーソナルな部分を犠牲にするような時代ではありません。入社してすぐ結婚される方、育休に入られる方もいます。キャリアは長いので、スタートの状態を気にするのではなく、長いキャリア視点から今を考えることが大事です。
キャリアには、自分で決定できる部分とできない部分があります。そのできない部分を受け入れながらプラスのエネルギーに変えていくのが重要なことだと思います。
開 催:2022年3月9日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム