Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」についてお話ししてもらい、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。11回目は落合祐介さんと若手研究者のみなさん(住友ファーマ株式会社)をお迎えしました。
住友ファーマ:https://www.sumitomo-pharma.co.jp/
2005年に大日本製薬と住友製薬が企業合併して誕生。研究重点3領域「精神神経領域」「がん領域」「再生・細胞医薬分野」に加えて感染症領域にも取り組み、グローバルヘルスに貢献する。2022年4月から社名を大日本住友製薬から「住友ファーマ」に変更した。
企業理念に掲げる「研究開発」の重要性
住友ファーマ人事部の落合です。私は修士課程修了で当社に入社し、入社当初は研究本部(現:リサーチディビジョン)の薬物動態部門で研究していました。その後、安全性部門や研究企画推進部に異動し、2021年7月から現在の人事部に配属となりました。博士号(Ph.D)を取得したのは入社後です。
当社の企業理念はこちら(下記画像)です。2行目の「研究開発を基盤とした」と書いてあるところがポイントです。会社の成長のためには研究開発が必要不可欠である、ということを社内外に向けて明確にメッセージを出している会社です。
2005年の設立以来、博士人材の採用も積極的に行っております。直近の5年間のデータを見ますと、博士人材の新卒研究職は約40%。研究職採用の内訳は薬学部が4割で、残り6割は農学や理学、工学といった理系学部全般になっています。ここから先は博士人材への期待、企業紹介、当社で活躍している博士修了者の順にお話しします。
世界と渡り合えるグローバルな博士人材に期待
博士人材に期待することは「極めて高い専門性」と「戦略的な思考」、そして“指示待ち”ではない「自律的な行動」の三点です。マインドの面では「仕事の成果により社会の役に立つ喜び」「自分の専門性を社会に役立てたい」という気持ち、そして「モノづくりへの熱意」を持つ人材を求めています。
製薬会社が他のメーカーと大きく異なる点は、研究を始めてから社会で使われるまでに非常に長い年月が必要とされるところです。そのプロセスは下記に示すとおり、「創薬研究」「臨床試験」「承認申請」「販売」の4段階があります。なかでも初めの研究段階にいる研究職は、何もないところからアイデアを生み出す「0→1」、その価値を最大化する「1→10」がミッションです。このミッションを達成するため、博士の皆さんが大学で培ってきた高い研究力が必要となります。
就職活動でよく出る質問として、アカデミアと企業研究の違いを当社目線でまとめてみました。一番大きな違いは、企業には“成果=製品”という明確なゴールがあるところです。アカデミアとは目的が違うので、成果や重視するポイントも変わってきます。
ボトムアップのイノベーションを進める多彩な制度
続いて企業紹介に移ります。2006年度と2020年度の数字を比較しますと、当社の海外売上比率は8%から63%へと大きく伸ばし、売上高も2612億円から倍近くの5160億円に成長しました。現在ではアメリカ、アジアを中心に幅広く展開しています。研究開発の重点領域は「精神神経」「がん」「再生・細胞医薬」の3領域。いまだ有効な治療法がない疾患に対する医療ニーズ、つまりアンメット・メディカル・ニーズの高い領域における革新的な新薬の創出に全力を注いでいます。
当社の若手社員を対象に入社後に感じた点についてアンケートをとったところ、以下のような声がありました。(下記画像)。最後の「20%ルール」とは、10年ほど前に初期創薬を担う研究部門で使われていた言葉です。“上司から与えられた業務は勤務時間全体の80%でこなして、残りの20%は自分の好きな研究に使おう”、という、当社の自由な研究風土を象徴する考え方の一つです。皆が気軽に「今はどんな新しいことやっているの?」とオープンに話し合える環境の中で、ボトムアップのイノベーションを促進しています。実は、今の研究所の中では、「20%ルール」という言葉を使っている人はいないのですが、使わなくてもいいくらい、浸透しています。
新しく生まれたアイデアをさらに進める独自の制度もあります。それが、「プロジェクト制」です。入社1年目でも画期的なアイデアの発案者は、テーマリーダーになることができます。もしテーマがうまく進み、研究ステージから臨床試験へと進む時、発案者はテーマと一緒に臨床試験を行う開発部門に異動するか、あるいは引き続き研究部門で新たな仕事で活躍するか、2つの選択肢を持つことができます。また、もし若手がリーダーになった場合でも、経験値が足りない部分は経験豊富な周囲の社員がサポートする体制も整っています。
他にも、各プロジェクトに共通する研究課題や関心事がある時に、プロジェクトや部署横断的に課題解決に取り組む、バーチャルワンチーム活動も推奨しています。
住友ファーマで活躍する博士人材
ここで、当社で活躍している博士人材の2人に自己紹介してもらいます。コミュニケーションタイムでも皆さんの質問に答えてくれる2人です。
水上 北大出身の水上雄貴です。大学院生命科学院生命科学専攻で薬科学の博士号を取得したのち、2017年に新卒入社しました。専門は有機金属化学で、感染症テーマや非CNS領域・CNS領域のテーマの探索合成業務を経験しながら、じきに独学でやっていたin silico技術(データサイエンスやケモインフォマティクス)関連の業務も兼任するようになりました。
2020年度からは上記に加えて、社内新規テーマ立ち上げチームの業務や、リサーチディビジョンの活性化を目指した部門横断型の組織風土改革チームのリーダー業務も務めています。
福田 東京農工大出身の福田胡桃です。私は学部時代と修士以降で所属・研究テーマを変えています。総合研究大学院大学の遺伝学専攻で五年一貫博士課程を終え、2019年に入社しました。薬学系の出身ではありませんが、現在は神経領域の薬理研究ユニットに在籍し、新薬のアイデアを考えたり、in vivo & vitroの薬効評価系構築などを行ったりしています。趣味で釣りや沢登りをしていて、ライフワークバランスの“ライフ”も大事にしつつ、誰かの暮らしに役立つ生物研究がしたいと思っています。
コミュニケーションタイム
薬学部出身者も他学部組も入社後が本番
Q:御社では薬学部以外の理工系出身者も採用されているとのこと。そういう人たちは入社後どのように製薬に関する知識を学んでいくのでしょうか。
落合:メインはOJTですが、研究部門では、入社後に創薬研究の一連の流れを学ぶ研修があります。この質問には農学部出身の福田さんにも答えていただきます。
福田:私の学生時代の研究テーマは寄生蜂の発生とマウス卵子形成に関するものでした。生物系の実験は経験がありましたが、やはり創薬となると初めてのことばかりでした。入社当初は他の人が話している専門用語がさっぱりわかりませんでしたが、研修で学んだことをベースに自分でも勉強しつつ、先輩たちの仕事を見ながら半年くらいかけて仕事としての研究に慣れていったような気がします。
水上:私は薬学部で化学系の研究室に所属しておりましたが、金属錯体の合成がメインだったので、一般的な有機合成の経験はほとんどありませんでした。なので、実験技術についてはは会社に入ってから覚えることの方が多かったです。入社当初は不安もありましたが、当社には「ルーキーサポーター」という制度があり、専属でサポートしてくれる先輩がアサインされるので、スムーズに業務に慣れて独り立ちすることができました。
福田:余談ですが、少し分野の違う製薬企業への就活経験を振り返ると、もし薬学以外の出身でも自分の専門が会社では何に使えそうか、会社でどういったことをしたいのかを考えておいてアピールすると人事担当の印象に残るのかなと思いました。(あくまで個人的な経験談です!)
落合:そうですね(笑)。当社の場合、「自分は〜をしたい」という意欲を全面に出してエントリーしてくださる方を歓迎しています。「自分の研究は創薬に関係ない」とすぐにあきらめずに、少しでもつながる可能性があれば選択肢の一つとして考えてみてください。
限られた時間内で効果を上げる訓練を
Q:ワークライフバランスはいかがですか?
福田:当社の博士人材は入社2年目から裁量労働制になり、一日連続で3時間働けばあとはフレキシブルな働き方が可能です。学生時代は動物実験をしていたので、土日もラボに行くのが当たり前でしたが、社会人になってから土日は「休みの日」という感覚になりました。たとえ土日に出勤することがあっても休日出勤手当が出るので喜んで頑張れます(笑)。体に優しい会社です。
水上:これは僕自身の反省でもあるのですが、学生時代は時間を気にせず実験ができたので、非効率な実験スケジュールを組んでしまっていたと思います。きっと今なら、同じ仕事量をもっと短い時間でこなすことができると思います。それは自分の経験値が上がっていることに加えて、何よりそういう意識でいなければ、企業の研究職として成果をあげることができないからです。この“限られた時間内で最大限の効果を出す”という意識は、ぜひ学生のうちから持つことをおすすめします。そうすれば大学でもより多くの成果が出せるでしょうし、社会に出てからの生活にもスムーズに移行できると思います。
プログラミング、統計学のすすめ
Q:学生時代にこれは勉強しておいたらよかった、と思うことは何ですか?
福田:業務の効率化の意味でもプログラミングをもう少し勉強しておいたらよかったなと思いました。
水上:自分は統計学ですね。探索合成業務に携わる人は、薬理活性・薬物動態・安全性等、多様な評価データをさまざまな角度から見て意思決定をすることが求められます。その際に必ず必要となるのが統計学。今必死になって勉強しています。逆に北大在籍時に「やってよかった」と思うことは、博士支援プログラミングの一環としてIBMでインターンシップをした経験です。そこでAIやプログラミングに関心を持ったことが、wetとdryの両方を使いこなすという、今の自分のキャリアパスに繋がっていると思います。
開 催:2022年2月22日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム