Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」について話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。16回は宮下剛夫さん、佐藤仁さん(マイクロンメモリジャパン株式会社)をお迎えしました。
マイクロンメモリジャパン株式会社:
2014年、前身のエルピーダメモリから社名変更し誕生。最先端メモリ製品の開発、設計および生産を事業とする半導体メーカーで、主にDRAM、NAND型フラッシュメモリの製造を行う。マイクロンジャパン株式会社とともに、アメリカMicron Technology, Inc.の日本法人。ビジョンは、情報革命を起こし、人々の生活をより豊かにすること。
こんにちは。マイクロンメモリジャパンの宮下剛夫です。兵庫県神戸市の出身で、学部生から修士を経て博士課程まで、ずっと広島大学で学びました。固体物理学、物性物理学の研究をしてきたため、実は半導体メモリについてあまり知りませんでした。
2021年4月に入社し、先端技術開発部門に在籍しています。先端技術開発部門には、学部卒から修士卒、博士卒まで揃っています。写真は、社内で開かれたクリスマスイベントに参加したときに、先端技術開発部門の同期と撮影したものです。
仕事である研究開発の内容は、DRAMと呼ばれるメモリの中にあるトランジスタの「プロセスインテグレーション」です。既存技術の組合せを考えてより良いトランジスタを開発したり、新技術を取り入れて、それに基づいた新たなトランジスタを研究したりしています。
皆さんの身の回りの様々なものにメモリ、DRAMは含まれています。半導体市場の約30%を占めるメモリのほとんどが、このDRAMとフラッシュメモリとなっています。マイクロンではこのDRAMを作っています。
私がマイクロンを選んだ理由
博士課程での研究、物性物理の知識を活かせそうな会社に行きたいと考えていました。また、入社後、友達や親などに胸を張って自分の仕事を伝えられるように、社会と深い関係があるものに携わりたいとも考えました。
メモリは、スマートフォンなど私たちの身の回りの様々なものに使われています。なので、確実に皆さんの役に立っていると自信を持てる仕事として、メモリという道を選びました。また、これは副次的ですが、私は英語が得意だと思っていました。そこで、外国人とコミュニケーションする機会があるような仕事をしたいとも思っていました。マイクロンはアメリカ発の会社です。私のいる広島拠点にもかなりの人数の外国人がいますし、アメリカ本社の方との英語による会議もあります。だから、英語でコミュニケーションする機会は間違いなく訪れます。
卒業したら生計を立てるために、人生のほとんどは仕事の時間になります。きれい事に聞こえるかもしれませんが、自分が面白いと思える仕事をするというのも大切です。私は研究が好きだったので、研究開発がある会社を選びました。
日々の仕事の内訳
私の仕事はデスクワークとフィールドワークの2つに分かれます。この言い方は説明の便宜上のものです。デスクワークは文字通りパソコンに向かう仕事、フィールドワークは自分の体を動かす仕事を指します。比率は9:1でほぼ座りっぱなしです。
デスクワークの中で一番多いのが実験です。実験したら、データを解析し、結果を報告します。仕事では自分の部門の中だけでは解決しないことの方が多いので、他の部門との協力のために、仕事の相談と依頼があります。あとはミーティングで、1週間のうち6、7時間ぐらいが会議という印象です。
仕事全体の1割をしめるフィールドワークのほとんどは仕事の相談と依頼になります。「仕事の相談・依頼」と「ミーティング」はデスクワークとフィールドワークのそれぞれにありますが、オンラインかオフラインかの違いになります。フィールドワークの2%は実験です。こちらはデスクワークの場合と違い、「ライン外」となります。
工場の製造ラインにおいて、一部だけ処理の条件を変えて、出来上がった試作品(ウェハ)を調べるのが「実験(ライン上)」です。一方、製造ラインからウェハを取り出し、実験室で行う実験を「実験(ライン外)」と言っています。
皆さんも実験したらそれを発表したり論文を書いたり、学会で他の研究者の方とコミュニケーションしたりしますよね? 私の仕事の40%ほどは実験ですが、意外と人と会話する機会も多く、研究ばかりしているようで、コミュニケーション力も求められています。
Ph.D.の採用
学生の時は、Ph.D.は勉強ばかりしているような人だと認識され、そういう人が社会に出て一般の会社で働けるのか心配でした。だから、採用面接ではどんなことを聞かれるのか不安がありました。ところが実際は、自分がPh.D.だからといって、特に他の人と違うことをする必要はありませんでした。つまり企業の方は、しっかり研究内容を聞いてくれました。普段から皆さんがしている学会発表や論文執筆のように企業の方向けに説明できれば、何の問題もありません。
自分の取り組み、背景や手法、何がどう分かり、結果はどうで、それは何を意味し、結論は何なのか。そういったことをしっかりと伝えられる力を、企業は求めています。これは就活用に準備しなくても、むしろ普段の積み重ねが能力として現れるものなので、皆さんには安心して博士課程の生活を送ってほしいと思います。実際に博士課程の学生ということだけで、面接を1つスキップする企業もあるそうです。これは、このような能力を期待できる博士を採りたいという企業の分かりやすい意思表示、就活の指標の1つと捉えることが出来ます。
博士と企業人の思考回路
博士の思考回路はスライドの左側のようになっています。「学術的な問題、謎を解決したい」ので「適切なアプローチで、研究」して「結果を解釈」し、「学会、論文なので報告」という流れです。そして最後に、「これまでの知見にフィードバック」するわけです。
一方、企業の人の思考回路がどうなっているかと言うと、「自社製品の性能を改善したい」ので「製造工程の研究」をして「結果を解釈」、「社内で報告」して「製造工程にフィードバック」という流れになります。思考回路はほぼそのまま対応します。要するに、企業に求められる思考回路は、博士なら在学時にすでに出来ているので、活躍の機会は早く来るのです。博士は企業でやっていけます。
博士と言っても半導体を研究していなくていいのか、と不安になるかもしれませんが、学生の時、半導体をまったく知らなかった私もやっていけています。
やはり仕事で必要なことは仕事を通して学んでいくという姿勢です。失敗して悔しい思いをしても、それを次に活かすことが求められます。これは博士の研究と同じです。失敗した実験から学んで形にするという経験を博士の時に積んでおけば、会社に入ってからも、それが役に立ちます。私も経験しましたが、博士課程の皆さんは大変な生活をされていると思います。お金のこと、博士としての責任、論文を書かなくてはいけないし、本当に卒業できるのか。まわりが卒業して社会人になって結婚している間に自分だけ歳を取ってしまう不安。そして、博士課程の3年間を就職に活かせるのかという不安。そういった様々な不安を抱えていると思います。
結論から言うと、それでいいのです。不安で分からないことがたくさんあっても大丈夫。前に進みましょう。たまには休みも必要ですが、遅れてもいいという精神で行けば大丈夫です。「分かっている企業」は博士の皆さんを求めています。博士は入社後、博士課程の時の思考回路を応用できます。博士の活躍の場は早く来るし、いくらでもあります。博士としての経験はどこの企業でも必ず役に立ちます。胸を張って博士をしてください!
人事担当佐藤様からのエール
今、高度人材が日本中で求められています。また、私たちが世界でビジネスをする上で、学位が重要視されていることを強く感じています。これからの20年、30年は、皆さんのようにサイエンスを極めた人材が活躍するフィールドが増えるでしょう。ところが日本の博士を取り巻く環境というのは、国からの様々な優遇施策を含めたとしてもまだまだ足りません。日本だけが取り残されています。
皆さんがこの逆境の中で学んでいるということに関して、一社会人として、敬意を持っています。また、一社会人、一企業人ではありますが、皆さんの活動に少しでも、協力できればと思っています。就職の話でなくても構いません。不安との闘いになるかもしれませんが、このように博士課程の学業を支援したいという社会、エンジニアがいるということを、ぜひ胸に留めて、希望を持って活躍していただければと思います。
コミュニケーションタイム
Q:半導体技術は国によっては機密情報とされることがありますが、働く際に留学生、外国人であることは問題となりますか?
A(宮下さん)
私の同期や同僚などにも外国の方はたくさんいますので、あまり心配する必要はないと思います。非常にグローバルな会社で、様々なバックグラウンドの方がいて面白いです。
Q:企業と博士課程との共通点を紹介していただきましたが、逆に、違いはありますか?
A(宮下さん)
博士に限らず、社会人になることによって、仕事の節々で自分の責任を感じます。仕事は、1人ではなく周りと協力して進めるものですが、最終的には自分の仕事は自分に責任があるということを強く感じます。ただ、たまに失敗して落ち込んだとしても、それは自分の成果が会社の仕事を進めているという実感の裏返しです。また、やはり商売ですので「お金」というパラメーターがあるところも違います。例えば、非常に性能のいいトランジスタが出来たとしても、そのコストが今までの10倍かかるようではダメです。物理や化学の部分ばかりを考えていられないところが、学生時代との違いです。
Q:文系出身の方がいるそうですが、どのような役割や能力が求められていますか?
A(佐藤さん)
文系人材に求めることは、あまり変わらないです。論理的に思考する能力、問題を発見し、問題を解決する能力が重要です。私は人事部門ですが、そこでも単にコミュニケーションが得意な方よりは数学的、論理的な思考能力がある方を求めています。接客業ではないので、サイエンス的な考え方が重要です。
Q:様々な文化的バックグラウンドを持った方と仕事をする上で、親睦を深めたり、チームワークを高めたりするために、どのような心がけ、取り組みをしていますか?
A(宮下さん)
結局のところ、性別や国籍が違っても同じ会社の人たちなので、意識はしていません。皆さんがお友達や、研究室の先輩、後輩と仲良くしていく工夫と、全く変わりません。普通に人として接しているだけで十分だと思います。会社全体での取り組みとしては、クリスマスや花見のイベントがあったり、クラブのようなものがあったりと、積極的に親睦を深められる機会が提供されています。
Q:男性と女性の比率はどれくらいですか?
A(宮下さん)
私の同期は半分が女性です。全体を見ても35%から40%は女性です。研究開発部門で考えても同じくらいという印象です。その意味でもダイバーシティーに富んだ会社です。
Q:文系の方や、分野の異なる生物学などの博士号をとった方は、どのような業種で働いていますか?
A(宮下さん)
入社すると教育期間が数か月間あり、先輩が教えてくれたり、オンライン授業、eラーニングを受けたりします。特定の工程に関する資料なども多く用意されていて、十分に学べる環境になっています。私の同期の1人は、生物学科を修士で卒業しています。さすがに、生物の知識そのものが会社で活きることはないかもしれませんが、生物の研究を通して学んだ研究者としての考え方、思考回路は、仕事に活かせることになります。
開 催:2022年3月8日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム