Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」についてお話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。4回目は吉田智一さん、足立暁子さん、櫻井捺加さん(シスメックス株式会社)をお迎えしたPh. Dialogueの紹介です。
シスメックス株式会社:
1968年創立。健康診断や病院での診療に欠かせない血液や尿などの検体検査を行う機器・試薬・ソフトウエアの研究開発から製造、販売・サービス&サポートを一貫して行う。神戸に本社を置きながら世界190以上の国や地域に製品やサービスを提供し、海外売上比率が84%(2020年度)を占める。
血液検査機器をグローバルに開発・提供
シスメックスの吉田です。私は薬学部で博士号を取ったあと、大阪にある国立循環器病研究センターで博士研究員を務め、ノバルティスという会社に勤めた後、シスメックスに来ました。ずっと研究ばかりやってきました。現在はシスメックスにて上席執行役員(当時)を務めています。
「ヘルスケアの進化をデザインする」、シスメックスがどんな会社かが一番よくわかるのがこの一文です。
では実際に何をやっているのか説明します。シスメックスは血液の中にある組織を数えたり測ったりするのが得意な会社です。血液中の赤血球や白血球、それに今問題となっているウイルス、またタンパク質や遺伝子、がん細胞。そういったものを正確に測る機器・試薬の開発と、測定結果の品質を管理するITの設計をしています。シスメックスの製品は現在世界の190以上の国や地域で使用され、24時間365日休みなく働いているのです。
また、市場だけでなく、研究開発拠点も世界展開しており、主にアメリカとヨーロッパに拠点があります。海外にもたくさんの研究パートナーがいます。一方で日本国内では主に神戸と川崎、埼玉などに研究開発拠点があります。私が今いるのは神戸の研究開発拠点です。研究開発から商品をつくり、さらにその材料になるものも一緒につくるという面白いことをやっています。みなさんは、既存の実験機器や、既製の試薬を使って研究していると思います。しかし、私がいる神戸の拠点では、機器も試薬も自分たちで作っています。
社内外の多くの人と多くの分野で協働して技術はつくられる
研究開発の現場では、本当に多様な分野のスペシャリストが必要になります。検査対象が人間の血液や尿などの検体ですから生物系の方はもちろん、蛍光物質や反応物質を考える化学系の方、それから機械を作る方、光や電気を用いた検出技術専門の方、機械を制御するソフトを作る方たちが揃っています。そういうスペシャリストが協力して、新しい技術が生まれるわけです。また、シスメックス社内だけでなく、外部の機関や企業とも一緒に仕事をしています。2020年の1年間で僕は160以上のパートナーと面談しました。このように社内外多くの人と関わりながら研究を進めていくのは、企業の中でしか経験できないことの1つだと思います。
これまでの研究~血液検査でアルツハイマー型認知症を検出する~
多くの人と協働しながら、ここ数年間は血液の様々な情報を数値化して医療に利用する技術の確立に注力しています。血液中の細胞から、その人が今どんな病気で身体の中で何が起きているか理解できるようにして、医療分野で生かしてもらいたいと考えています。
1つの例としてアルツハイマー型認知症があります。日本では、問診で認知症と診断されたら、それがアルツハイマーなのか、それとも他の認知症なのかを調べるため、高額な画像検査や、骨に注射針を入れて成分を取って調べる髄液検査が行われています。それでも正確にはわかりません。ですから本当にアルツハイマーなのかどうか判断できる検査環境の実現が求められています。そこで、画像検査よりも安価で、髄液検査よりも低侵襲的*である血液検査を可能とする研究を進め、シスメックスの機器を使った血液検査でもアルツハイマー型認知症を検出できる可能性が示唆されました。
*低侵襲的(ていしんしゅうてき)とは、「生体を傷つけないような」という意味で、 できるだけ身体に負担を与えない検査のことです。
これからの研究~タンパク質検出~
これから研究したいことの1つに、タンパク質の検出があります。タンパク質を検出するために、抗体が目的の抗原に特異的に結合することを利用する方法があります。しかし、その方法は1960年くらいから使われているので、新しい技術に変えたいと思っています。
なぜなら、この古い技術ではタンパク質があるかないかしか分かりません。もっと検出性能を上げたいと考えており、物質のさまざま特徴を波長で示すことができるラマンスペクトルを使った光学的な検出方法の試作に挑戦しています。まだいろいろな課題はあるのですが、物質について多くの情報を得ることができるので、データベースと深層学習からアプローチする方向性で進んでいます。
目指すのは1人ひとりに特化した個別化医療
今後の研究開発の大きなテーマとしてもう1つ、流行りのDX(デジタルトランスフォーメーション)を医療に活かす話があります。人間の体はよくできていて、ある程度ウイルスが入ってきても排除するメカニズムを持っています。そのメカニズムは実は1人ひとり違います。個々人のデータを継続的に解析することで、ひとりの違いまで考慮して最適な治療を施す個別化した医療こそが、最終的に目指すところなのです。
コミュニケーションタイム
スタートの着眼点が良かったからこそ、世界で闘えている
Q:シスメックスが世界で闘えるようになった背景を教えてください。
吉田:シスメックスが設立したのはちょうど国民皆保険制度が始まったときで、創業者が、これからは検査が重要になると考えました。当時、検査として一番ポピュラーだったのは血液検査です。その方法は、人が顕微鏡を覗きながら1つひとつ数えるようなものだったので、それを機械化したらどうだろうと考え、ビジネスがスタートしました。さらに血液検査は日本、アメリカ、中国、チェコスロバキア…どこでも一緒で、世界で通用する手法です。そこで、日本で精密な機器を作り、さらに正しい計数結果をお届けするために品質の良い試薬を作って、世界に販路を広げていきました。なぜ世界で闘えるようになったかというと、着眼点が良かったことに尽きます。
やりたいことを自分の言葉で話す
Q:採用の際、学生が今まで学んできた専門知識がその企業で役に立つかが強く求められると思いますが、それ以外で何か重視していることがあれば教えてください。
足立:専門性に加えて重視しているのは、シスメックスの目指す方向性に共感いただけるかどうかです。お互い価値観が合わないと働いていく中でうまくいかない場面が出てきます。
吉田:一方、私も面接官をしますが、ホームページにある情報をそのまま話される方は印象に残りません。自分が何をやりたいか、きちんと伝えることが大切だと思います。「御社の実績の他に、新たにこういうこともできる」とか、自分の言葉でアピールしていただけると、面接官は採用したいという気持ちが働きます。
Q:博士の学生ですと、内定を頂いたけれど修了予定月に学位が間に合わないという事もまれにあるのですが、実際過去にありましたか?
足立:あります。その際は、その方とご相談して、どうするか決めています。
Q:初任給は、博士卒と修士卒で違うのでしょうか?
足立:現状の制度では、博士卒と修士卒の方の初任給は同じですが、2020年から職種別採用を取り入れました。いわゆるジョブ型と呼ばれるもので、ご自身の専門をベースに職種を選んでその職種のエキスパートになっていただく働き方です。専門性の高い方に入っていただくことになるので、その職務に応じて給料を高くするかどうかという点は、これから検討していきます。
数学専攻の人材は人気
Q:私は現在数学を専攻しているのですが、数学専攻からシスメックスに就職するケースがあるのか、その場合どういった形で研究開発に携わっているのかを教えてください。
吉田:数学分野が専門の方は医療統計で活躍できます。統計学を勉強してきた方はたくさんいますが、基礎の数理統計が分かっている方はとても少ないです。アルゴリズムやディープラーニングの大元から考えられる数学専門の方は、引く手あまただと思いますよ。シスメックスの研究開発では、インフォマティクスやデータサイエンスのグループに入っていただくことになります。
入社後のキャリアは自分自身で作る
Q:アカデミアだと、ポスドクを経た後、主任研究員として独立して管理職のような立場になる流れだとイメージがつきます。それに対して博士卒で企業に入社された方は、長い目で見た時どのようなキャリアを歩まれているのでしょうか?
吉田:博士の学位を持っている方は当然強みがあります。スタートはその強みを活かせる領域で、研究員として各種プロジェクトに携わっていただきます。その先は様々です。研究員としてある領域をより広くみる主任研究員となったり、複数のプロジェクトを横断的に見るような立場になったりしていく道があります。他には、品質評価の根拠を考えるレギュラトリーサイエンス*に携わる方、リサーチマネジメントやラインマネジメントといった管理的な仕事を行う方、将来どんな技術が必要か企画的なことを考える仕事を行う方などがいます。どこに進むかについて、会社の指示に従うというよりは、自らキャリアの道筋を作ったほうが良いですよ。
*レギュラトリーサイエンスとは「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」(第4次科学技術基本計画 平成23年8月19日閣議決定)とされています。
Q:そのようなことが可能なのですか?
吉田:研究者は基本自分から主張できないといけないです。人事が差配することもあるけれど、自分がこれをやりたいという主張さえあれば、キャリアを作っていく方法はあると思います。社風を受け入れられない時は辞めればいいし、そこからベンチャーをやるのも1つのキャリアです。やり方はたくさんありますよ。自分の意志で強く歩んでください。
開 催:2021年2月8日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム