Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」について話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。14回目は北川冬弥さん(パナソニック株式会社)をお迎えしました。
パナソニック株式会社:https://panasonic.jp/
1918年、創業者・松下幸之助によって設立された総合エレクトロニクスメーカー・パナソニックグループの中で、家庭用電化製品や住宅設備、店舗・オフィス向けの商品・サービスを提供する。国内外に168の拠点を持ち、創業者が掲げる「くらしの質を豊かに」することを目指す。
松下幸之助創業、「産業報国」の志を大切に
パナソニック株式会社の北川です。大学では音響系の研究室で学び、現在もスピーカーやアンプに関わるオーディオ系の部門で研究開発に携わっています。
学生時代は研究以外の時間を、IEEE(アメリカ電気電子学会)のヤングプロフェッショナルの役員を務めたり、アプリ開発や子どもたちにプログラムを教える個人事業に打ち込みました。これらの経験は、今のキャリアにも活かされていると感じています。
就職活動時は、まず大企業に行くことを軸に据えました。大企業ならではの環境で社会について学びたかったからという理由と、もう一つ、転職を考えるようになったときを想像すると、中途採用で中小企業から大企業に移るのは余程の自信がない限り、ハードルが高くなります。大企業を目指すなら新卒という一度限りの特権が使える今だ、という思いでした。
大企業の中でも「なぜパナソニックだったのか?」という質問の答えは、OBの方が非常に楽しそうに仕事の話をしていたからです。また、家電メーカーの印象が強い当社ですが、現在は業務内容が多岐にわたっており、自分の得意分野が別の分野でも活かせるのではないかと感じました。
パナソニックグループは、「経営の神様」と言われる松下幸之助が松下電気器具製作所を創業したところから始まっています。現在、当グループが掲げる七精神の中で、私が特に大切にしている言葉が「産業報国」です。 人の役に立ち、社会に貢献できてはじめてその対価として報酬をいただき、会社の事業を産業として成り立たせていく。この理念を仕事の柱にしています。
グリーンオフィスに音の効果をプラス
現在の仕事内容は、空間音響制御に取り組んでいます。近年グリーンオフィスと言われる職場の「緑化」が一般化しています。そこに音の効果、例えば鳥のさえずりや川のせせらぎなどを盛り込むことで、働く人たちの集中力やリラックス度を高めることはできないか。その音響技術の先行開発と、音が人に与える効果の検証を行っています。実際に体験してもらった人の脳波を計測する生体評価実験や、その効果を将来的な販促活動に使えるように論文として発表するのも、私の仕事です。
経済的なメリットを上回る音響研究のやりがいを再発見
当社には2019年の春に入社し、実はそのとき同時に母校の大学院の博士課程に進学しています。修士時代は「早く社会に出たい!」という思いと、自分の研究に行き詰まりを感じ、就職をして環境を変えたかったという気持ちもありました。
ただ、いずれは博士号を、とも考えていましたので、「就職と博士課程進学を同時にできないのかな?」と思い立ち、内定段階で当社の人事部に電話をかけて「博士課程の入試を受けてもいいでしょうか?」と相談しました。そこで「前例がないから受け入れられない」と言われなかったのも、当社の懐の深いところだと思います。入社時にはずいぶん珍しがられましたが、入社3年目の今も仕事と進学の両立生活が続いています。
では、なぜ、そんな選択をしたのか。その理由をこれからご説明します。
まず経済的な面から考えていくと、修士にいる自分が博士課程に進学すると、これは普通に考えて受験料も入学金も不要ですよね。これが、一度社会に出てから再び大学院を目指すとなると話は変わり、決して安くはない受験料・入学金が発生します。授業料や奨学金も、親の扶養を離れ、自分が世帯主となった新卒一年目はまだ収入が少ないため、授業料免除や奨学金の申請がほぼ通ります。こうしたメリットを考えると、ためらう気持ちはありませんでした。
また、これは仕事と進学を両立してからわかったことですが、修士時代は「音響の研究って、本当に社会に役立っているんだろうか?」と疑問を感じたこともありましたが、実際に企業の研究部門に配属されてみると、音に関する研究がこんなにも社会に需要があり、そこに予算をかけて先行開発しようという会社の判断があることに驚かされました。
先ほどの「産業報国」の通り、「売れる」ということは社会の役に立つものを作っているということに直結している。そのことに気づいてから、研究に対して今まで以上に前向きになり、土日に博士課程の研究を進めるのも非常に楽しくなりました。経済的なメリットよりも、はるかに大きい収穫だったと思います。
面接は「演じる」よりもありのままに
ここからは、事前に皆さんから送っていただいた質問にお答えします。「博士号取得者に企業が求めること」について、皆さんもまずは「高い専門能力」を想定されると思いますが、もう一つは論文執筆による論理的な思考力や「社内での会話の際には結論から話す」というような社会人としての力、これらが学士や修士の新卒よりは備わっていると期待されます。
「どのような人材像が期待されますか?」という質問もありましたが、きっとこういう質問をされる方は「(内定をもらうために)自分は何を、どう頑張ったらいいんだろう?」と一途に考えていらっしゃるのではないかと思います。もちろん、応募者には自分の研究が好きで、好きだからこそ知識も深く、入社後も新しいことにチャレンジしてくれるだろうという期待はありますが、もし皆さんが応募した企業から内定をもらえなくても、それはあなたとその企業の相性が合わなかっただけ。能力ではなく、特性が合わなくてマッチングに至らなかった、そう考えてみてください。
むしろ、自分が応募企業に合わせて“演じている”ことを見抜かれずに採用されてしまうと、後々自分自身が疲れて、しんどくなると思います。自分を偽ることなく、ありのままの自分が輝けると思える会社を選んでいただきたいです。
次に「博士人材の仕事内容は?」という質問ですが、当社の場合、自分が知る限りではやはり最先端の部署やいわゆる花形部署での研究・開発職が多いという印象です。
「大学の研究と企業研究の違い」については、企業研究は今の社会課題をどう解決していくかを追求し、世の中の役に立つものこそ売れるという考え方を起点にしています。その延長として、大学では論文の出来が本人の評価につながりますが、企業は論文プラス製品が売れたかどうかが評価の基準となります。予算の獲得のために上司を説得する必要があるのは、大学も企業も同じです。私自身の経験談で言うと、将来性を見込んで先行投資してもらえる余地があるところは、パナソニックのような大企業ならではと感じています。
自分の能力を客観的に見て「公明正大」に
就職活動の時はいろいろな人からアドバイスを受けると思いますが、全てのアドバイスを鵜呑みにしすぎない方がいいと思います(笑)。というのは、話上手な先輩が「面接の練習はしなくても大丈夫」と言っても、それはその人だから「大丈夫」なのであって自分がどうかはまた別の話ですよね。話した人の背景や能力を自分のそれと照らし合わせて、どうするかを決めるといいのではないでしょうか。
それから、内定獲得を焦るあまり、「御社が第一志望です」という言葉を乱発してしまうのもおすすめしません。言い方にもよると思いますが、全く思ってもいないことは言わない方がいい。たとえ第一志望だとアピールしなくても、あなたの価値を認めてくれるところは内定を出してくれます。嘘はつかないで「公明正大」に。当社の七精神の一つです。
コミュニケーションタイム
自分がどう生きたいかを問い直す
Q:仕事と博士課程進学を両立するためのタイムマネジメントはどうしていますか?
北川:すみません、これはあまり皆さんの参考にならないと思いますが、自分の場合、非常にラッキーな状況が重なりまして。現在、業務の中で博士号取得につながる論文を書いています。これがもし、業務内容と自分の研究分野が全く重なっていなかったとしたら、土日にやりたいこともいっぱいありますし、正直に申し上げてとても時間が足りなかったと思います。今はいつでも研究のことを考えているのが、楽しくて仕方がない。いい意味での公私混同の状態が続いています。
ただし、これはあくまでも「私の場合」です。私自身、チャレンジが好きな性格で、博士課程の進学も、博士号を取ったら何かが有利になるということよりも、そこにチャレンジすることが自分の人生を豊かにしてくれると信じているから。「誰々さんと同じように」ではなく、「自分がどう生きたいか」を考えることが大切だと思います。
Q:今後のキャリアプランはどう考えていますか?
北川:入社してからいろいろな人とのつながりができて、いずれは起業という選択肢も視野に入れたいと考えています。私は、自分自身ができないことについてはそれをできる人に任せて対価の報酬を払い、面白いことを一緒に成し遂げていきたいと考える方ですから、今日もこうして、北大の未来の博士人材の皆さんと新しくご縁ができたことをとても嬉しく感じています。
パナソニックという日本を代表する企業だからこそできることがある一方で、こういう大企業が手を伸ばさないところも必ずあるはずです。音響技術というニッチな特殊技術だからこそ、胸を張って「これは自分にしかできません!」と言えるものを磨いていきたいと考えています。
開 催:2022年5月24日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム