Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」についてお話してもらい、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。22回目は宮下剛夫さん、佐藤仁さん(マイクロンメモリジャパン株式会社)をお迎えしたPh. Dialogueをお届けします。
マイクロンメモリジャパン株式会社
1999年12月設立。広島県東広島市に本社を置く、DRAM、NAND型フラッシュメモリなど最先端半導体メモリ製品の開発・設計・生産を行う企業。約51,000件の特許取得数を有し、メモリマーケットでは世界第3位のシェアを誇る。
半導体市場の3割を占めるメモリの設計・開発・生産
マイクロンメモリジャパン株式会社先端技術開発部門の宮下剛夫と申します。今日は会社概要から始まり、当社が作っているメモリの活躍と可能性、社内の仕事紹介、そして最後にPh.Dが企業で働くとはどういうことか、の順にお話ししてまいります。
広島大学大学院理学研究科で博士課程を修了し、この春で入社4年目になります。専門は物性物理学で、放射光を用いた遷移金属酸化物の電子構造の研究をしており、マイクロンメモリジャパンに入るまでは半導体メモリについて何も知りませんでした。
入社後は先端技術開発部門のトランジスタ課に所属し、半導体メモリの1種であるDRAMにおけるトランジスタのプロセスインテグレーションに取り組んでいます。
トランジスタとは、スイッチのON/OFFを担う非常に重要な回路です。そこを最適化(インテグレーション)するために既存の技術を組み合わせたり、新規技術を取り込んだりして、より良いトランジスタを開発しています。
マイクロンメモリジャパンは社名からもわかるようにメモリを作っている会社ですが、そのプロセスは大きく「設計」「開発」「生産」の3つに分かれ、広島と神奈川の2カ所に拠点を設けています。さまざまな製品がある半導体市場の中でメモリは約30%を占めており、その大半がPCなどのメインメモリとして使われるDRAMと、USBメモリなどでおなじみのフラッシュメモリで構成されています。
情報革命を起こし、人々の生活をより豊かに
「メモリとはなにか」ということを簡単にご説明します。皆さんがよく耳にするCPUを人で例えると、作業をする人の頭脳に該当します。脳の回転が速ければ速いほど、作業も早くできます。
けれども、どんなに頭の回転が速い人でも机の上が狭くてぐちゃぐちゃだと効率が上がらないですよね。もっと広いサイズの机が欲しくなる。その机がメモリであり、そこでできたデータを保存する場所が引き出しのストレージという関係性になります。
メモリは私たちの身のまわりにあるもの、例えばスマホやゲーム、スマートウォッチなどにも使われており、近年特に注目が高まっている自動運転の車体にも高性能メモリが搭載されています。自動車用メモリの市場における当社の占有率も、現在40%以上に伸びています。「情報革命を起こし、人々の生活をより豊かにする」というビジョンの下、私たち全社員がメモリを通じて、その実践に励んでいます。
どの部署が欠けても成立しない半導体メモリの流れ
半導体メモリはシリコン製のウェハ(直径300mm・厚さ約1 mm)から出来ており、そのウェハの上に特別な膜を載せたり特別なパターンの回路を設計したりして最終的にメモリとしてはたらくように加工します。
1つのメモリが出来上がるまでには実にたくさんのプロセスや役割分担があり、私が所属する先端技術開発部にもデバイス開発エンジニアとプロセス開発エンジニアがいます。
私たちデバイス開発エンジニアが目的のものを生み出すためにいろいろなプロセスを組み合わせようとしたとき、それらのプロセスを一つ一つ検証・管理してくれるのがプロセス開発エンジニアたちです。
どちらか片方だけでも目的のものを作ることはできず、お互いに日々密接なコミュニケーションをとりながらメモリを作っています。
設計や先端技術開発、評価解析が0から1を作るフェーズだとしたら、その先の製品化に至るまでの生産技術開発は1を100に上げるような役割を果たしています。どの部署もなくてはならない大切な役割を担っています。
面接で見られているのは「説明する力」
ここから先は、今日の本題である「Ph.Dとして、企業で働く」ことに移っていきます。はじめに私の経験をお話ししますと、就職活動は12月から始めて4月まで。その間9社にエントリーし、3社から内定をいただきました。
総じて面接では、大学の研究内容を背景から手法、結果、考察、結論までじっくりと聞いてもらえたという印象があります。ただし、これは企業側が応募者の専門研究の内容を知りたがっているということ以上に、自分の専門を専門外の人間にわかりやすく説明できる力があるかどうかを見ているのではないかと感じました。
こうした「わかりやすく発表する」という経験は、皆さんも学会や研究室での中間発表などを通して日々鍛えられていると思います。また、企業によっては数段階に渡る面接のステップを「博士人材なら」とスキップさせてくれたこともあり、博士だからこそ就職活動を有利に進められる点も多くあったと記憶しています。
私の入社動機は、博士課程で得た知識や研究ノウハウを活かしたかったことと、「自分はこういう仕事をしています」と社会に対して胸を張って言える仕事、とりわけ身のまわりのものと深く関わる仕事がしたいという思いがあり、それを実現できるのがまさにマイクロンメモリだったということになります。
それからマイクロンメモリはアメリカ本社の外資系企業ですので、毎週金曜に参加している本社とのチームミーティングなど、得意の英語を使って働けることもモチベーションの1つになっています。
そして何よりも、自分が面白いと思える仕事、すなわち研究職に就きたいという思いと、学生時代を含めると人生の3分の1近くを過ごしている広島への愛着もあり、全てを総合して考えると、マイクロンメモリジャパン一択になりました。
商品と一緒に成長する「学んで、形にする」博士人材
「博士が企業でやっていけるのか」という問いかけにはいつも「やっていけます」とお答えしています。というのも、「学術的な問題や謎を解決したい」という出発点から始まる博士人材の思考回路は、「自社製品の性能を改善したい」という、スタートこそ違えども、その後に続く「研究」「結果の解釈」「報告」「フィードバック」に至るまでの流れが、企業人に求められる思考回路とほぼ一致しているからです。
皆さんが在学中にこうした思考回路を培っておけば、就職後もより滑らかに企業人の思考回路にシフトチェンジができ、活躍の機会も早くめぐってくると考えられます。
次に「マイクロンの社員は半導体の博士でなくとも務まるのか」という問いかけですが、こちらも答えは「大丈夫、務まります」とお答えしています。
繰り返しになりますが、私も入社前は半導体のことは何もわからず、「トランジスタってなんですか?」というレベルでした。どの社員も自分が担当する仕事を通して必要な知識や技術を学び、その中で「ああすればよかった」という後悔や反省を次に活かして商品と一緒に自分も成長していく。この「学んで、形にする」という前向きな精神が、企業では何より求められていると感じています。
博士人材の力や可能性を理解している企業は、たとえ専門は違っても博士人材を求めています。「皆さん、胸を張って博士課程を満喫してください」というメッセージをお送りして、私の話題提供を終わりにいたします。
【コミュニケーションタイム】
この先は人事担当の佐藤さんにも参加してもらい進めました。
専門分野=就活ターゲットからの脱却
Q:「仕事を通して学んでいく」とおっしゃっていましたが、企業からのキャッチアップはあるのでしょうか?
宮下 : はい、もちろんキャッチアップ体制は整っています。「これからこの仕事をするには、こういう知識や技術が必要ですよ」という基本的な指導を受けながら、あとは各自が自分で勉強したり先輩に聞いたりして自分に出来ることを増やしています。
私の部署、先端技術開発部門は「先端」と付くくらいですから、日々まだ誰も分かってかっていないことがほとんどです。不安もありますが、そこを先輩や周囲の部署と一緒に協力しながら日々勉強して成長していくというスタイルです。
佐藤 : 今の宮下さんの話を少し補足させてください。大学にいらっしゃる皆さんはどうしても「自分の研究分野=就職活動のターゲット業界」というイメージが強いかと思いますが、実は半導体業界1つを例にとっても関連する職種は製造、開発、設計、品質、IT、設備など実に多岐に渡ります。
サイエンティフィックなアプローチがしっかりできる人であれば、ご自分の専門分野以外の業界にも幅広く目を向けてみてください。実際、当社でも「昨年指導した農学部出身の新卒採用者、半導体知識はなかったが意欲と論理的思考力がとても優れていた」という声が上がっています。あまり専門分野に固執せず、宮下さんがそうだったように「これからやってみたいこと」にアプローチしていくと、いい出会いが待っています。
製造開発部門もデスクワークが中心
Q:今、北海道でも半導体産業が盛り上がっていますが、マイクロンメモリさんの強みや特徴を教えてください。
佐藤 : まずメモリ業界のトップ企業であることが挙げられますが、それに加えて当社では多様性を重んじるカルチャーが浸透しています。それぞれのバックグラウンドを尊重し、皆が働きやすい職場環境を大切にしており、新卒採用も女性が3〜4割に増えています。留学生も毎年3〜4割います。
ちなみに先ほど、宮下さんが示してくれた「日々の仕事の内訳」ですが、製造開発部門であればほぼ全員がこれと同じような働き方をしています。
製造エンジニアというと、油で汚れた作業服を着て現場に立つというようなイメージを持たれがちですが、実際のところ、半導体はフルオートメーションのクリーンルームで作られているので製造現場にはほとんど人は入りません。
製造そのものに関する実験やデータ解析、関連部署とのミーティングなどのデスクワークが大半を占めており、そこもこの業界の特徴の一つだと思います。
大学の半導体人材育成に期待
Q:「21世紀の石油」とも呼ばれ、重要な戦略物資となっている半導体の世界。今後どのようになっていくのでしょうか。
佐藤 : 現在、およそ50兆円市場といわれている半導体市場ですが、AIの進化により2030年までには100兆円規模にまで膨らむともいわれています。メーカー間の競争もさらに激しくなっていく中で、実は業界全体でもっとも問題視されているのは「人材が足りない」という一点です。
今、あらゆる半導体メーカーが国内の大学に半導体人材の育成を呼びかけていますが、その一方で私たちメーカーも学生の皆さんに注目してもらえるような魅力ある業界を作っていこうという思いを強くしているところです。
北海道大学の皆さんにもぜひとも関心を持っていただきたく、説明会などに気軽に足を運んでいただければと願っております。
開 催:2024年3月11日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム