2022年3月10日(木)、北海道大学物質科学フロンティアを開拓するAmbitiousリーダー育成プログラム(以下、ALP)の修了式が、理学部大会議室にて執り行われました。ALPとは物質科学を中心に分野横断的に学び、社会人として高い能力を養い、学位取得後には学術・研究機関だけではなく民間企業など社会の広い分野で国際的に活躍する人材を育成するための教育プログラムで、特に、数理科学と科学技術コミュニケーション教育に力を入れています。2020年3月に文部科学省の補助金事業としての期間は終了しましたが、北大の事業として継続して活動しています。プログラム責任者の山口淳二 理事・副学長より修了証が手渡され、祝辞が送られました。また、プログラムコーディネーターの石森浩一郎理学研究院教授(副学長)が挨拶を述べました。
山口淳二 プログラム責任者(理事・副学長)の祝辞
皆さん、修了おめでとうございます。本プログラム代表として、心よりお祝い申し上げます。北海道でコロナ感染者が確認されてから丸2年、皆さんは博士後期課程の大半を様々な制約の中で過ごしました。大学としても感染防止と研究の継続を両立すべく対応をしてまいりましたが、皆さんに不自由な研究生活をさせてしまったことは悔やまれます。特に、海外との直接的な交流が大きく制限されたことで、国際的実践力の習得に困難を感じられたことでしょう。しかし、コロナ禍だったからこそ、可能になったこともあります。特に、今やオンラインでの会議や研究打ち合わせは日常化され、物理的距離を感じることなく、国内外の研究者と対話できるようになりました。さらに一層DX化が進むことで、研究活動も大きく様変わりしようとしています。ALPでも様々なカリキュラムやイベントがオンライン化されましたが、対面の場合とほぼ同様、場合によってはより効果的に実施できたと聞いております。そして、これまでの修了生と同様、ALPが目指す圧倒的専門力、俯瞰力、フロンティア開拓力、内省的知力、国際的実践力を身につけました。
このように周囲の環境が大きく変わる中、その変化に対応するだけでなく、その変化を逆に利用することで、所定の目標が達成できたことは、大きな自信となったはずです。今回のコロナ禍はいずれ収束するでしょうが、今後、第二、第三のパンデミックがいつ起きてもおかしくない状況です。社会が大きく変わらざるを得ない状況に対して、その対応策に終始するのではなく、そこに新たな可能性を見出し「禍転じて福となす」発想でさらに前進しようとするのが、グローバルリーダーとなる皆さんです。これから先、皆さんがそれぞれの分野で活躍されることを心から願っております。
石森浩一郎 コーディネーターの挨拶:進みたい道から離れた分野を学ぶ意味について
修了生の皆さん、プログラムの教職員を代表して、心よりお祝い申し上げます。
みなさんの門出にあたり、1981年、アジアで初めてノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生のエピソードを紹介します。福井先生は高校生の時から数学が得意でしたが、化学は好きではありませんでした。しかし大学進学前に縁戚にあたる喜多源逸先生から「数学が好きなら化学を勉強しなさい」と助言されました。当時は数学が苦手な人が化学を大学で学ぶのが常識でした。
現在は化学も数学もかなりオーバーラップしていて、量子化学であれば数学の知識が必要です。しかし、1930年あたりの戦前の話です。数学は厳密かつシンプルで美しい学問であり、一方、化学は複雑で得体の知れない学問だと福井先生は考えていたようです。極端に言えば逆方向の学問だと認識していたのです。喜多先生の言葉を聞いた福井先生は、何か鋭い感が働き、真面目に化学を勉強されたそうです。その結果が後の「フロンティア電子論」という数学の知識がないと生まれない発想に結びつきました。そしてノーベル化学賞を受賞したのです。
もう一つ、福井先生の話を紹介します。彼は京都大学工学部に入学しました。工学部だから、当然、応用の勉強をしようと思っていたところ、また喜多先生から「応用ではなく、基礎をやりなさい」と言われました。それで、化学を専門にしている人が勉強しない「量子力学」といった物理学の基礎を習得していきました。
大学卒業後、京都大学大学院に進みました。太平洋戦争が始まったころで、福井先生は、大学院に籍をおいたまま軍の研究所へ出向し、飛行機の燃料の研究を命じられました。おそらく「木から石油を作りなさい」といったような無理難題を押しつけられたのではないでしょうか…。その時、福井先生は、やみくもに実験してもダメで、物事を論理的に理解する必要性を感じました。つまり「基礎」をやらないと前には進めません。その後、効率のよい燃料を製造する方法を見いだしたのです。
教員となった福井先生は、教え子たちに「自分の進みたい道から離れた分野を勉強しなさい。さらに、全く逆を向いているような研究に取り組みなさい。そういう考え方があってこそ、初めて創造的な仕事ができるのです」と唱えたそうです。ALPの異分野ラボビジットや各種イベントも、自身の研究とは全く異なる体験でしたが、みなさんの世界観を広げる一助となったはずです。
この先、コロナは収束するかもしれません。でも、程度の差こそあれ次々と想定外の難題が出てくるわけで、そのときに柔軟に対処する能力が問われます。皆さんはそういう能力を約5年間で養いました。ぜひ、ALPで培った力を携えてこれからの未来を切り拓いてください。