Ph. Dialogue「博士人材セミナー」は、Ph. Discover連携企業からゲストを迎え「博士課程修了者が企業でどのように活躍しているのか」「企業は博士人材に何を求めているのか」について話していただき、後半はゲストと学生が対話を通して交流する企画です。第9回目は釘宮敏洋さん(株式会社神戸製鋼所)をお迎えしました。
株式会社神戸製鋼所:
1905年、鈴木商店が重工業分野に進出し神戸製鋼所を創立。以降、国や社会の要請に応えながら日本屈指の重工業メーカーとして業界を牽引。1979年には神戸製鋼グループの統一ブランド「KOBELCO」を制定。素材系事業・機械系事業・電力事業と多様な事業を展開する。
神戸製鋼所入社後に博士学位とMBAを取得
今日は皆さんが今悩んでいらっしゃるキャリア設計にフォーカスした話をします。
はじめに自己紹介をします。私のキャリアは一つの道を貫いているわけではなく、その時その時の会社の状況で変わってきました。最初はシリコン半導体成膜プロセスを研究しており、神戸製鋼所に入社してからずっと半導体の研究を続けていました。2010年以降は現場からマネジメントに移り、同年に豊橋技術科学大学の電気・電子工学専攻で工学の博士学位を取得しました。その後も、もう少し勉強したいと思い、関西学院大学で経営学のMBAを取得しました。当社には現在100人以上の博士人材がいますが、そのうちの7割が私と同じように入社後に博士の学位を取得しており、会社もそれを奨励しています。
変化の中のチャンスを活かす「ハプンスタンス・アプローチ論」
J・D・クランボルツ博士の有名な著書『その幸運は偶然ではないんです!』を読んだことがありますか。心理学者のクランボルツ博士が45人の転機を書いたビジネス書です。キャリア設計には主に二つの方法、シャイン博士が唱える「キャリアアンカー論」とクランボルツ博士の「ハプンスタンス・アプローチ論」があります。前者は自己分析に基づくキャリア設計のことです。自分の強みは“二刀流”である、という自己分析をして今大リーグで活躍している大谷翔平選手が、このキャリアアンカー論の代表者です。
一方で、後者のクランボルツ博士の「ハプンスタンス・アプローチ論」は、変化の中にあるチャンスを自分のものにするという考え方です。先ほどご紹介した私のキャリアのように、会社に入ってからも社会情勢や会社の変革といったさまざまな理由によって、入社前には思ってもいなかったキャリアに進む人が、実は社会の大半を占めています。だからと言ってただ「偶然」に身を任せるのではなく、その時々のベストを尽くしてそれを自分の糧とする。ときには博士学位取得者でも専門分野を柔軟に変えていく姿勢が必要になってきます。
企業にとって学位とは、高い専門性を持つ証です。期待値は高く、特に海外企業は必ず名刺の「博士」を見て、その人に話しかけてきます。技術論ができる“切符”のようなものだと考えてください。
お父さん社員も育児休暇、休職・再雇用も応援
当社の場合、結婚や出産、介護などのライフイベント支援のために就業継続支援や活躍支援制度を設けています。育児に対する姿勢は、男性も女性もフィフティ・フィフティです。子どもが生まれた男性社員も女性と等しく育児休暇を取得していますし、家族の転勤や介護などの理由で退職する人たちにもキャリア継続休職制度や再雇用エントリー制度を通じて復帰しやすい環境を整えています。こうした長年の実績が認められ、厚労省からは「子育てサポート企業」に認定され、経産省・東証からも女性人材の活用に積極的な企業として「なでしこ銘柄」、従業員の健康管理に取り組む「健康経営銘柄」に選定されています。
管理職をフォローする専門職人材の道
経営学者のイゴール・アンゾフは、企業活動において「こうありたい姿」と「現状」のギャップを埋める分析が重要であると指摘しています。下記の図は、このギャップ分析を当社のキャリアステップに当てはめた図です。入社5年目までの新人時代は与えられた課題を解決し、中堅になれば自分で課題を設定する。そして管理職になれば「ありたい姿」から考えるようになる。博士人材が位置するのは、ちょうど新人から中堅に至る境界あたりです。会社としては与えられた課題は当然できると考えるし、できればその上の課題設定力にも期待しています。
修士取得で入社3年目の人材と博士取得で新卒1年目の人材を単純に比較することは難しいですが、高い専門性を持ち研究室の先生たちとも課題設定について話し合ってきた経験のある後者に、軍配が上がるのではないか、という印象を持っています。
もう一度、上のキャリア形成の図を見ますと、マネジメント人材の横にもう一つ「専門職人材」としてキャリアを形成していく道筋も存在します。このポジションの役割は、ライン長たちが設定した目標に対して専門的な知見からその妥当性を考え、「こうした方がいい」と助言することです。ライン長と同等の給与待遇であることを考えると、専門性を突き詰めたい博士人材にはこのような選択肢もあることを知ってほしいです。
「挑戦を許容するDNA」で博士人材も活躍中!
アカデミアと企業のキャリアの違いは何か。上記の図に示した「やりたいこと」「やれること」「やらなければならないこと」で考えると、一般に会社は「やらなければならないこと」だけが大きいイメージがあるかもしれませんが、実際にはこの3つのバランスはほぼ均一です。当社には皆さんの先輩である北海道大学出身の倉千晴さんが在籍しています。彼女も入社後に最先端の新規分野に挑戦していますが、非常に優秀で自身も「研究が面白いのでもっと続けてみたい」と語ってくれました。こちらのサイトに彼女のインタビューページがありますので、あわせてご覧ください。
※倉さんのインタビュー:https://phdiscover.jp/phd/article/433
神戸製鋼所は、国政として製鋼業が注目されていた1905年、鈴木商店という商社がこの分野に進出することで生まれた企業です。まだ日本のものづくりが貧弱だった時代に国の発展のために立ち上がった経緯からもわかるように、新しいことにチャレンジしていく企業風土があり、この「挑戦を許容するDNA」が現在に至るまでの複合経営を支えています。
以上をもちまして、「博士人材が企業でも活躍できるのだろうか?」というみなさんの不安に対して、「十分に活躍できます」とお答えしたいと思います。
コミュニケーションタイム
博士人材採用の鍵は「マッチング」
Q:博士人材の採用について詳しく聞かせてください。
釘宮:専門性の高い博士人材の場合、受け入れ部署からの「こういう人を採用したい」というリクエストとのマッチングで決まります。即戦力としてどうしても欲しい、という場合は決まるまで採用活動が続くこともあります。一昨年にはこんな例がありました。応募してきた学生は長年、宇宙のダークマターに関する研究をしていましたが、当社に受け入れ先が見当たらず、より良いマッチングの可能性は薄かったです。でも何回も話を聞いていくうちに電磁気系分野にも高い専門性を持っていることがわかり、現在はモーターや磁性に関する研究所でバリバリ活躍しています。目指していたマッチングが叶わなくても、彼のようにあきらめずに「こういうこともできます!」とアピールすることが次のチャンスにつながります。
Q:博士課程に進むと就職しづらくなる、という話も耳にします。本当でしょうか?
釘宮:かつてはそういう時代もあったようですが、現在、神戸製鋼所のリクルートは修士も博士も関係なく人材重視で行っています。採用人数も毎年、一定数を確保しており、先ほどのマッチングに当てはまれば、喜んでお迎えします。
チームだからフォローしあえる
Q:企業での働き方は大学の研究室と変わりますか?どれくらい主体性を持ってできますか?
釘宮:アカデミアだと“研究者=個人商店”のような感覚でしょうが、企業は組織が主体となり、研究活動はチームワークで進めていきます。先ほどのキャリア計画でお話ししたように新人時代、中堅…とキャリアに応じて自分の裁量が増えていきます。チームでやっているからこそ、誰かにライフイベントがあってもフォローできる。そこが企業のいいところだと思います。
Q:チームは何人体制でしょうか。ディスカッションの頻度はどれくらいですか?
釘宮:チームの規模はさまざまです。少人数のところや20名を超える大所帯のところもあり、さらに他部署のメンバーとチームを組むプロジェクトも存在します。ディスカッションの頻度も研究員の判断次第。社内には研究員同士が気軽に集まることができるスペースも設けています。
専門特化したグループ企業でキャリア形成も
Q:育児に対する考え方が、男女ともにフィフティ・フィフティだと聞いて驚きました。
釘宮:もちろん基本は、ご当人同士の話し合いに委ねていますが、「どちらかに負担が偏らないように考えてみてください」とは伝えています。育児中の研究員にも定期的に現場の状況や「復帰したらこういうことをしてほしい」と期待していることを伝えて、復職に対するモチベーションが下がらないようにサポートしています。
Q:鉄鋼業が主軸の御社で、生物や環境が専門の自分が働ける場はあるでしょうか?
釘宮:「鉄鋼業」と聞くと重厚なイメージがあるでしょうが、当社グループが2021年に策定した中期経営計画の最重要課題に「カーボンニュートラルへの挑戦」があります。現在はどの企業でも環境やエネルギーに対する関心が高まっています。当社グループの場合、株式会社神鋼環境ソリューションがまさにその役割を担い、水処理や廃棄物処理、ユーグレナ関連や木質バイオマス発電など幅広い分野を扱っています。このように神戸製鋼グループには、ある領域に秀でたグループ企業が多数存在します。研究員の中には神戸製鋼所本体からグループ会社に異動してキャリアを形成していった人材もいれば、その逆の道筋をたどる人材もいます。
繰り返しになりますが、キャリア形成の道筋は決して一つではなく、宇宙を研究していた彼のようにマッチングの度合いも人それぞれ。まずは皆さんが「自分は何ができて、どういうことを望んでいるのか。どれくらい柔軟に考えられるのか」を採用担当者に誠意を持って伝えることが大切だと思います。
開 催:2022年2月9日
主 催:Ph. Discover
共 催:北海道大学大学院理学研究院/北海道大学数理・データサイエンス教育研究センター(データ関連人材育成プログラム)/北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム