プログラム参加のきっかけ
近年注目度が増しているDXですが、私は具体的にどのように実践したらよいのかは掴みきれずにいました。そのような中、日本オラクルによる「DXセミナー」においてDX教育プログラムの紹介があり、より深い理解を得たいと考えて「博士課程DX教育プログラム」に参加しました。今年は取り組むテーマに「環境」と「観光」2つが用意されており、私は観光チームに配属されました。観光チームでは「富良野スキー場の若年層のスキー顧客の開拓」をテーマに複数回のワークショップとフィールドワークを進めました。
研究室を飛び出す
ワークショップでは社会課題の解決や新しいビジネスモデルの構築などを念頭に置いて、データの可視化、課題の整理、デザイン思考、PoC(Proof of Concept)企画のプレゼン作成についてレクチャーと実践を繰り返し行い、最終発表会に至りました。今回の参加学生の多くは理工系を専門としており、普段とは異なる環境に身を置くこととなります。そのため、例えば、提供されるデータは必ずしも可視化に適した形式ではなく、その整理から始めることとなったり、解決したい問題に対する多様なステークホルダーを洗い出し、それぞれがどのように関係しているのかを考えたりと、日頃の研究とは異なる思考が求められました。フィールドワークでは実際に富良野市を訪ね、視察や交流会を通じて「生の情報」を収集しました。私は自然科学(物性物理学)を専門としていますが、日頃はなかなか足で稼ぐ機会もないので新鮮な経験でした。
今回のプログラムでは、研究室を飛び出して異分野の学生や自治体、企業と交流を持てたことにとても意義を感じました。まず、参加学生がそれぞれ異なる専門性を持っており、分野が違えば習慣や考え方も異なるので、バックグラウンドの違いにも注意を払いながら議論を進めました。テーマに対する捉え方も、学生はしがらみがないので自由に考えられる一方で、自治体の方々は地域住民や周辺自治体との関係を気にしていたり、企業の方々はビジネスとしての観点を持っていたりと三者三様の立場があることを知ることができ、社会課題の解決には表面に見えている以上に深い理解が必要なのだと感じました。
異分野交流の特性
本プログラム終了後には参加学生に対してアンケートが行われたので、その結果についても触れておきたいと思います。プログラムの満足度については回答者全員がポジティブな回答でした。記述式の回答を見ると、具体的な良かった点として異分野学生同士に加えて産官学と幅広く研究外の交流ができたことなどが挙がりました。また、「機会」という言葉もよく使われており、いずれもポジティブな文脈で用いられていました。感想の中には、「研究」という言葉が多く見られました。これは博士後期課程のプログラムならではの特徴ではないかと思います。それぞれの学生が今回のプログラムでの体験(異分野の学生や企業、自治体との交流)を自身の研究と何らかの形で関連付けていたのだと思います。これがすぐに実用性を持つものではなかったとしても、昨今話題になっているトランスファラブルスキル獲得への第一歩になるのではないでしょうか。
参加学生からでなければコメントしにくいであろうネガティブな感想についても触れておきたいと思います。まず、提案・発表に満足できなかったと取れる記述が複数ありました。一概にどのような提案が良いかを決めることは難しいですが、提案内容の質が安定しないのは異分野交流の特性によるものであると私は考えています。Fleming(2004)は、チームメンバーの専門領域が離れるほどイノベーションの質の平均値が低下する一方で、極めて稀に従来のアプローチによる最高のイノベーションを越えることがあると分析しています。彼はさらに、深い専門知識を持つ人を集めることでイノベーションの質を高めることができる可能性を示唆しています。このことから、私たちは学際性の高い場の特性をよく理解しつつ、日々自身の専門性を深めることで異分野融合の機会を有効に活用することができるようになると考えています。また、時間が足りないという意見も多く見られました。確かにもっと時間が欲しいと思う一方で、私たちは日々の研究も抱えており、時間を増やすことは簡単ではないかもしれません。今思えば、一つ一つのタスクからプログラム全体まで、時間管理、スケジュール管理をしなければならなかったと感じています。タイムマネジメント能力も博士課程学生の資質の一つだと思って限られた時間の中で一定の成果を出せるように努力したいと感じています。
産官学で刺激し合える関係へ
今回のDX教育プログラムでは、デジタル技術そのものよりもトランスフォーメーションを促すようなイノベーティブなアイデアの作り方の方に重点が置かれていたように感じています。今回のワークショップで活用した手法は汎用性が高く、研究も含めた様々な場に適用できるものだと思います。また、産官学連携を通じて色々な立場の方と顔を合わせて仕事ができて視野が広がりました。今後も多くの学生が参加して、企業や自治体と刺激し合える特色あるプログラムとして発展していくことを期待しています。
引用文献
Fleming, L. (2004). Perfecting cross-pollination. In Harvard Business Review (Vol. 82, Issue 9).
レポート:川谷維摩(北海道大学大学院理学院 物性物理学専攻 凝縮系ダイナミクス研究室D3)