2021年11月6日(土)に、北海道大学Ambitiousリーダー育成プログラム7期生(以下、ALP生)は、サイエンスアゴラ2021に出展し「未来の博士を語りたい」と題したオンラインイベントを実施しました。多様化しつつある博士のキャリアパスについて考え、希望をもって研究活動ができる豊かな社会をつくるために、大学や企業を含めた社会全体が変化するきっかけとなるような「対話」を行うことが目的です。ALP生に加えて様々なバックグラウンドを持つゲストが加わり、Zoom参加者との対話の場を創出しました。
多様な大学院生や現役研究員によるディスカッション
ALP生に加え、東京大学大学院博士後期課程に在籍しながらサイエンスコミュニケーターとして活動をしているReina+Worldさん、シカゴ大学博士課程を修了し、現在ハーバード大学博士研究員の塚本翔大さん、北海道大学を卒業後、東京学芸大学大学院の修士課程を修了し現在は北大理学院の科学技術コミュニケーション専攻で研究を続けている大澤康太郎さん、さらに、北海道大学副学長で、博士後期課程学生への支援プログラムである「DX博士人材フェローシップ」の事業統括をしている石森浩一郎教授に参加していただき、三つのテーマに関してディスカッションを行いました。オンライン参加者の中には、若手研究者のキャリアをテーマに執筆活動を続けられている榎木英介さんやメディア関係者の方など約40名が加わり、様々な視点からの議論が交わされました。
スピーカー(敬称略)は、以下の8人です。
・Reina+World(レイナ+ワールド):東京大学大学院 理学系研究科博士課程学生。分子生物学を専攻。社会と科学を繋ぐシンガーソングライター、モデルとしての活動を行う。
・塚本 翔大:ハーバード大学博士研究員。専門は有機合成化学。シカゴ大学博士課程修了。
・大澤 康太郎:北海道大学理学院科学技術コミュニケーション講座博士後期課程1年。
・碓井 拓哉:北海道大学生命科学院生命科学専攻博士前期課程2年/ALP7期生。専門は構造生物学、分子生物学。自己紹介記事 : Ph. Dreams「土佐の国より来た大学院生」
・大野 優:北海道大学理学院数学専攻博士前期課程2年/ALP7期生。専攻は幾何学。自己紹介記事 : Ph. Dreams「大学院で総合的な力を身につけたい」
・佐藤 丈生:北海道大学生命科学院生命科学専攻博士前期課程2年/ALP7期生。専門分野は生殖生物学、分子生物学。自己紹介記事 : Ph. Dreams「理系大学院生 × 落語」
・野口 真司:北海道大学大学院総合化学院博士前期課程2年/ALP7期生。専門は無機材料化学。自己紹介記事 : Ph. Dreams「心身の健康という礎」
・石森 浩一郎:北海道大学理学研究院教授/北海道大学副学長/Ph.Discoverプロジェクト代表/ALPコーディネーター
希望をもって研究活動ができる豊かな社会をつくるために
ファシリテーターを務める野口真司さんより、冒頭に本企画の内容と2021年のサイエンスアゴラのテーマが以下のように示されました。
野口さん:
今回のイベントは、博士を取り巻く環境が変化している中でも、希望を持って研究活動が行える社会にするために、大学や企業を含む社会全体が変化するきっかけとなるような対話の場を提供しようと企画しました。大学院生を始め、若手研究者や大学関係者、さらには企業研究者による対話を通して、これからの博士の在り方について考えます。
今年のサイエンスアゴラのテーマは「Dialogue for Life」です。Zoom、YouTubeでの参加者の意見も取り上げながら、参加者との対話を通して、どのようにすれば博士の未来がより良いものになるか議論します。
博士課程は人生で最も研究に集中できる
スピーカーによる自己紹介の後、Reina+Worldさんの音楽を合図にディスカッションがスタートしました。その一部を紹介します。
大野さんより「博士課程は一人で研究を進めていかなくてはならないため孤独になりそうだし、経済的に研究を続けられるか心配」という意見が出ました。その意見に対しスピーカーからも共感の声があがった一方、Reina+Worldさんや石森教授は次のような意見を紹介してくれました。
Reina+Worldさん:
博士課程での研究とタレント活動の両立はもちろん大変ですが「科学と社会の接点を作りたい」という信念があるからこそ何とかやれています。研究室ではチームで動くので孤独ではありませんが、進捗状況などの情報共有のためのコミュニケーションが必要で頭を常に使っています。研究分野によっても違いはあると思います。
石森教授:
過去のことは美化しがちですが、それを差し引いても私にとって博士課程は研究者人生の中で一番研究に集中できた充実した時期だったと振り返っています。みなさんに伝えたいことは、研究室に閉じこもっていないで、他の分野に触れて様々な体験をしてほしいということです。海外に留学してみてもいいでしょう。元来、人間は孤独なのかもしれませんが、博士課程に進学したら「ひとりぼっち」というようなネガティブな感覚はなくなると思います。博士課程院生の経済的な面は国としても深刻にとらえられています。ようやく支援をしようと動き出したばかりです。
コロナ禍でも最大限の活動ができるように
コロナ禍の影響を大きく受けずに研究活動を続けられたという碓井さんからは「オンデマンド型の授業は実験との両立がしやすく、オンラインの良さを実感した」という意見が出ました。
その一方で、社会科学的な研究に取り組んでいる大澤さんは、オンラインは確かに便利ですが、質的な調査は難しくなったといいます。実際に離島など現地を訪れたり、足で歩きながら聞き取り調査をしたりする研究は「リアルなコミュニケーション」が大事だといいます。
若き開拓者たちが望む博士課程のあるべき姿とは
Reina+Worldさん:
現在の博士課程は労力への対価が低いと思います。アカデミアからの発信が少ないことも問題です。さらに、研究活動について発信することが批判につながることもあります。そのせいで研究の現場がクローズドな環境になっています。成果が求められるのは良いのですが、それが過度に重視されるあまり、結婚や子育てなどに対しても厳しい目を向けられるのはよくないと思います。研究者や博士人材と、そうでない人の認識のずれを解消し、研究機関と社会を橋渡しする役割が必要です。
塚本さん:
修士課程まで日本で過ごしました。日本と比較すると、欧米の大学は設備や環境はそろっており、異分野の人とのコミュニケーションは取りやすく、様々な研究にも取り組みやすいです。また、生活費や研究費の心配もありません。大学がすべて支援してくれます。一方で、日本は教育の経済的負担が大きいので、支援策が拡充されれば博士課程を目指す人も増えると思います。
未来の博士たちへ
用意していたテーマでは、想定していた時間内では話し合えないほど、みなさんから多くの意見が寄せられました。ディスカッション後のフリートークでは、榎木さんから「博士課程の環境もキャリアパスも30年前と比較すると確実によくなってきています。これからもこの様な発信活動を続けてください」というコメントをもらいました。今回の議論を通して問題が残っていることが明らかであり、これから博士課程への進学を希望している学生たちが安心できるよう、私たちも努力していく必要があると感じました。
この企画を通して、多様な博士のキャリアがあり、それを支える社会環境、アカデミアからの発信の大切さなどを改めて考えさせられました。また、博士のキャリアや問題に関心を持ち、博士課程学生や若手研究者のために行動してくださっている人の存在に気付かされると同時に、自分たちもその意思を継ぎ、次の世代の研究者が希望をもって研究活動が行えるよう、若手研究者の基盤整備にも少しでも関われるような研究者になりたいという思いが一層強まりました。
イベントのアーカイブ動画はYouTubeで公開されておりますので、ぜひご覧下さい。
サイエンスアゴラのサイトはこちら
主 催:北海道大学博士課程物質科学リーディングプログラム(ALP)/Ph.Discover
共 催:北海道大学理学部